北朝鮮最高人民会議(国会に相当)の第13期第5回会議が11日平壌で開催され、金正恩朝鮮労働党委員長が出席した。同委員長が今回の最高人民会議に参加するかどうか注目されていたが、前回と同様、参加したことが明らかになった。
最高指導者の金正恩委員長の出欠が注目されたのには様々な理由があったからだ。本来、党と政府の最高責任者が重要な議題について議論する会議に出席して当然だが、北の場合はやはり異なるのだ。
最高人民会議は憲法上は国の最高機関で、憲法問題から指導部人事、国家の予算問題など広範囲の議題を審議するが、実質的な権限は朝鮮労働党にある。毎年、1、2回開催される。
今回は金正恩氏が最高責任者に就任して5年目を迎えた節目の年だ。最高人民会議開催は同氏にとって今回で8回目だが、過去7回のうち2回、欠席している。2014年9月の時は足のケガ、15年4月の欠席の理由は不明だ。
当方は今回、金正恩氏は欠席すると予想していた。だから、朝鮮中央テレビが同日夜、最高人民会議の開催と金正恩委員長の出席を報じたニュースを聞いて、「へェー」という声を発したほどだ。
ブックメーカーの金正恩氏の最高人民会議の出欠のオッズ(倍率)はどうだったろうか。欠席を予想した人も少なくなかったはずだ。理由があるからだ。
まず、金正恩氏を取り巻く安全問題だ。米国の原子力空母「カール・ビンソン」が朝鮮半島周辺の海上に接近中というニュースが報じられている。トランプ米大統領は中国の習近平国家主席との首脳会談でも「武力行使の可能性」を示唆したばかりだ。それに先立ち、トランプ氏は7日、地中海の米海軍駆逐艦からシリア中部のアサド軍のシャイラト空軍基地へ巡航ミサイル、トマホークを撃ち込む指令を出したばかりだ。これらの情報を金正恩氏は当然知っていたはずだ。
だから、党、政府の首脳陣が結集する最高人民会議を開催することは危機管理上、非常に危険だ。トマホークが数発、平壌で開催中の最高人民会議の会場に打ち込まれたら、その瞬間、北の首脳陣の多くは犠牲となる。ひょっとしたら、金正恩氏もその中に入るかもしれない。米軍としてはターゲットがはっきりとしているから攻撃しやすい。
米軍の武力行使だけではない。中国人民軍の特殊部隊の奇襲だって十分に考えられるのだ。北京の意向を無視して核実験、弾道ミサイル発射を繰り返す金正恩氏に対し、習近平国家主席の怒りは高まっている。トランプ大統領から「北京が北を抑制できないのならば米国がする」と脅迫されたばかりだ。米軍の奇襲が現実味を帯びてきた今日、中国側も静観しているわけにはいかなくなった。朝鮮半島を米韓主導に委ねる結果となるからだ。中国側は決断を強いられることになる。最終的には金正恩政権打倒に乗り出す可能性があるわけだ。
トランプ氏にとって幸いなことは、国連決議を無視する北側に武力行使を履行したとしてもロシアや中国以外は強い反対が出てこないことだ。実行力を誇示することでトランプ氏の国際社会での評価が一新するかもしれないのだ。
最後に、異母兄の金正男氏の暗殺(今年2月13日)は北国内では報じられていないが、党・政府幹部たちは知っている。その意味で国内の正男派を敵に回したことになる。いつ謀反が起きるか分からなくなってきた。特に、軍部内には不満をもつ将校たちが少なくない。軍クーデターの可能性はもはや完全には排除できなくなってきた。中国人民軍の支援を受けた北軍指導者が飛び出すかもしれない。
以上、金正恩氏を取り巻く状況は安泰どころではないのだ。にもかかわらず、金正恩氏は米軍の標的となる危険性がある最高人民会議に出席したというのだ。
考えられるシナリオは、①出席報道はフェイクで実は欠席していた。報道写真は合成か、昨年の労働党大会と同様、撮影会場は全く別だった。②政権5年目の自信を内外に誇示したい、といった独裁者特有の野望が安全問題を退けて、出席を決意させた。
いずれにしても、金正恩氏の最高人民会議への出欠問題は、学校児童の出欠取りとは違い、生命の危険性すら孕んだ最高度の政治問題なのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。