ジャレド・クシュナー大統領上級顧問の力が強まってきているとされているが・・・
拙稿では、トランプの黒幕と噂されていたスティーブ・バノンについて、
の記事などでバノンの権勢は砂上の楼閣であり、その影響力の低下の可能性について触れてきました。当時は何も知らない日本の有識者らがバノンを黒幕として恥ずかしい動画などをネットに公開したり、陰謀論めいた論説を記事公開・出版などを行っていました。(ちなみに、筆者の著作である『トランプの黒幕』はバノンのことを指しているわけではありません。)
現在、バノンの影響力が相対的に低下しており、代わりにクシュナー上級顧問の影響力が強まっていることから「クシュナーこそが黒幕だ!」という妄言が再び出てくるようになっています。娘のイヴァンカがシリア攻撃を決断させた要因だったとか、本当にひどい言説ばかりで面白いものです。
クシュナーの影響力の源泉は、共和党主流派・ウォール街とのパイプ役として
トランプ政権のホワイトハウス及び主要閣僚は共和党保守派によってほぼ独占されている状況となっています。そのため、それらと対立する共和党主流派・ウォール街が政権にアクセスするルートは限られていることになります。
クシュナーはゲーリー・コーン国家経済会議議長とムニューチン財務長官とも親しい元民主党員です。コーンも民主党員であり、ムニューチンはリベラルの影響が強いハリウッドでも活躍していた投資家です。(二人ともGS出身・ウォール街出身であり、クシュナーと親しいことも要因の一つとなって政権入りしています。)したがって、共和党内部では保守派よりも民主党に近い主流派寄りの人物と言えます。
現在のトランプ政権では、このNY派の人々を通じた共和党主流派・ウォール街による政権へのハイジャックが起きようとしている状況です。つまり、トランプ政権を誕生させた保守派、そしてオルトライト的な傾向がある面々の立場が弱まり、選挙時にはトランプに敵対していたはずの主流派・ウォール街に近い人々がホワイトハウスの新たな主になるべく蠢いている状況です。
クシュナーはトランプに近い立場にある非保守派の人間であることから、彼らの代理人としての影響力を強めている状況にあります。保守派の特攻隊員的な位置づけであるバノンの力が低下し、クシュナーの力が伸びていることは、ホワイトハウス内の保守派・主流派の両派の力関係の変化を示すバロメーターに変化が生じていると言えるでしょう。
したがって、バノンもクシュナーも黒幕というよりも、党内の勢力争いの状況を観測するための観測球のような役割として捉えることが妥当です。
トランプは元々保守派ではないリベラル・民主党員・ニューヨーカー
トランプ大統領は多くの人が勘違いしているように保守派の人ではありません。左派系の有識者やメディアが滅茶苦茶なバッシングを行っていますが、むしろ過去にはクリントンにも献金していたリベラル派の人物であり、リベラル派の本山・NY生まれの大富豪でもあります。
彼は近年民主党での大統領選挙出馬の可能性が無くなったことから急速に共和党保守派に接近してきた人物であり、今回の大統領選挙では「敵の敵は味方」の論理で、保守派が仕方なく応援して誕生させた大統領です。保守派はトランプの保守性を怪しいと思っていましたが、ヒラリーに勝利されるよりもマシと判断していました。
トランプ自体は選挙時の選対本部長もコーク系のリバタリアン団体出身のコーリー・ルワンドウスキー、主流派のポール・マナフォート、保守派のケリーアン・コンウェイとその都度必要に応じて全く主義主張の異なる人々を採用する蝙蝠のような行動をしてきています。
そのため、ホワイトハウスや閣僚ポストなどの要職は最後に協力していた保守派が大半を占有しましたが、トランプと保守派は最初から潜在的なイデオロギー上の緊張関係にあり、保守派はクシュナーの存在、ましてイヴァンカのホワイトハウス入りは保守派はあまり快くは感じていないものと思われます。
実際、トランプは政権発足当初は保守派に配慮した運営を行ってきましたが、徐々に保守派色を弱める政策対応を行ってきています。その結果として、トランプ一族が持つNYのリベラルな感性とワシントン政治の一掃を求める保守派との間で亀裂が生じつつあります。
大統領選挙で応援した人々を敵に回すトランプに未来はあるのか?
トランプはニューヨーク・ポストに掲載された取材記事でバノンの処遇を問われて「バノンは選挙の終盤で合流しただけだ」と発言しました。
それはケリーアン・コンウェイを含めた保守派の運動団体全般にも該当する発言であり、筆者はオバマケア代替法案先送りの際にトランプが「フリーダム・コーカスは敵だ」と言い放った時よりも政局運営上深刻な発言だったと感じています。
トランプ政権はオバマケア代替法案の失敗の経験からワシントン政治に漬かったやり方に方針転換し、非常にきめ細やかな議会対応を行うようになってきています。これは政権運営上プラスではあるものの、トランプは政権を支える自らの屋台骨の入れ替え(保守派から主流派・民主党出身者へ)に着手したように見えます。
はたして、トランプ政権の方針転換を保守派がどこまで容認するでしょうか。
保守派は最高裁判事の任命で同じ保守派のゴーサッチ氏が任命されるまでは、大統領選挙で応援してきたはずのトランプによる保守派に対する無礼な発言に対して我慢してきたものと想定されます。しかし、ゴーサッチ氏の上院承認が行われた以上、今後はトランプ一族によるホワイトハウスのイデオロギーの塗り替えを許容し続けることはないでしょう。
差し当たって、債務上限問題、税制改革、インフラ投資など、様々な議会案件について保守派による巻き返しが行われていくことになるものと想定されます。トランプは自らの唯一の政権基盤(≒保守派)をひっくり返す博打を打ちつつあるわけですが、それが功を奏す可能性は高くありません。
政権発足から100日を目の前にして対外的な緊張も高まる中、米国内の政局は更なる混沌に陥りつつあります。