無法状態かもしれない医師のわいせつ罪

荘司 雅彦

白い下半身を剥き出しにした娘が横たわっている。麻酔薬を嗅がされているらしく身動きひとつしない。娘の、高く盛り上がった胸が皮鞴のように規則正しくゆっくりとせり上がり沈み込む。

と、思い詰めた目をした中年男が冷たく光る鋭利な刃物を握りしめ、娘の下腹部へ顔を近づけていき、ぐさりとその刃物を突き立てた・・・。

殺人か。そうではない。これから帝王切開が始まるのである。

井上ひさし氏の「犯罪調書」(集英社文庫)の最初の出だしです。
いやあ、猟奇殺人だと思いませんでした?

まんまと騙されたと思うのは普通の人で、もし医師である中年男の内心が医療行為とは全く違っていたとしたらどうなるかと考えるのが、法律家の悪い癖です。

刑法上の罪が成立するためには、「構成要件に該当し」「違法性阻却事由がなく」「責任阻却事由がない」という3つの要件が必要です。一般に、医療行為は人の身体を傷つけるという「傷害罪の構成要件」には該当しますが、医療という「正当行為」として違法性が阻却されます。

では、卑猥な動機で女性患者の服を脱がせて身体を触ってもOKかと言われれば、「必要な医療行為」で「患者の同意」があれば強制わいせつ罪にはならないでしょう。しかし、医療行為としてその必要がないのに行った場合は犯罪となります。

「医療行為としての必要性」については医師に大きな裁量権があるので、「明らかに必要性がなかった場合」を除けば法的に裁くのは困難です。時として常軌を逸した行為をした医師が逮捕されることがありますが、これは本当に氷山の一角に過ぎません。

妊娠して産婦人科医の診察を受けた後、「僕はあなたのような女性が好みなのです」と卑猥な声で男性医師に言われ、泣きつくように相談に来た女性がいました。

医師仲間の裏話を聞くと結構恐ろしいものがあります。
「あの女性患者の体は…だった」などと酒が入ると喋る人もいるそうです。

多くの男性医師は真摯に医療行為に従事していると信じていますが、医療の世界にももっともっと女性が進出することを心から願っています。

荘司 雅彦
2017-03-16

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。