パナヒ監督の挑戦は続く

渡 まち子

イランの名匠ジャファル・パナヒ監督による快作「人生タクシー」が公開中です。2015年のベルリン映画祭で審査員長のダーレン・アロノフスキー監督は「この作品は映画へのラブレターだ」と絶賛しています。内容の面白さもさることながら、ジャファル・パナヒ監督が、イラン政府から20年間の映画製作禁止を命じられながら、その映画愛と反骨精神で映画を作り続けている事実にビックリします。

反体制的な創作活動(政府を批判する内容の作風、大統領選挙で改革派を支持etc.)が原因で、政府から「20年間映画を作ってはならない」との命令を受けたパナヒ監督は、最初は自宅軟禁状態だったようです。ここで普通は映画作りをあきらめるところですが、パナヒ監督は違いました。2011年の「これは映画ではない」(←このタイトルが最高!)は、自宅に軟禁された自分自身を素材にしたドキュメンタリー。そしてこの映画の映像の入ったUSBメモリーを、お菓子の箱に隠してカンヌ映画祭に応募したというからスゴイです。このエピソードの真偽は不明なのですが(監督だけが真実を知っている!)、これこそ映画にしてほしいと思ってしまいます。

その後も、あの手この手で“映画じゃないからいいでしょ?”と言わんばかりに、作品を作り続けているのですから、もうあきれるやら、可笑しいやら、尊敬するやら。いや、ホントにそのひらめきに頭が下がります。

創意工夫とユーモアに満ち溢れた良作「人生タクシー」を見ていると、才能がある映画人に限って言えば、ある種の規制があると、それがいい方向に作用する場合が確かにあると感じます。何が幸いするかわからないアート製作って、ほんとに“ナマモノ”なんだなぁ…とも思ったり。

それはさておき、映画は、なかなか見ることができないイラン社会の一般市民の日常生活が垣間見えて、実に興味深いです。タクシーの止め方とか、相乗りもフツーにOKとか、強気でしたたかなの乗客との会話とか、ほんとに見ていて飽きません。分かりやすくて派手なハリウッド大作もいいけれど、時にはこんなユニークな映画にも触れてほしい。難しい政治的メッセージはありません、表面的には(笑)。穏やかでコミカルで楽しい「人生タクシー」は、ベルリン国際映画祭の最高賞である金熊賞を受賞しています。映画を撮るのがダメなら、映画じゃないのように撮る。「そして人生は続く」ように、そして映画も続くのです。


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。