トランプ氏は本当に変わったのか

トランプ米大統領の話に入る前に、テーマの関係上、現在キリスト教神学を構築した聖パウロの話に少し言及せざるを得ない。サウロ(改名前)は熱心なユダヤ教徒だった。ナザレのイエスの教えを信望するキリスト信者を弾圧することを神のみ心と考えてきた。サウロはキリスト者を迫害するためにダマスコへ向かう途上だった。その時、十字架で殺害されたイエスが突然出現、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と問い詰める。激しい光を受けたサウロは目が見えなくなってしまった。アナニアというキリスト教徒がサウロのために祈るとサウロの目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった。

復活したイエスを目撃したサウロは回心し、敬虔なイエスの弟子となった。サウロはパウロに改名し、世界の宣教に向かう。「使徒行伝」に記述されたこの話は「サウロの回心」として有名な箇所だ。

それではトランプ氏の話に入る。トランプ氏の大統領選の公約を思い出してほしい。就任100日が過ぎた今日、トランプ氏の多くの公約は破棄され、修正されてきた。難民・移民対策の強化(壁建設)、就労ビザ発給の厳格化などを実施してきたが、トランプ氏があれほど破棄すると宣言してきたオバマケアは共和党内の不協和音のため代替案の撤回を余儀なくされたばかりだ。

トランプ氏の変身は外交政策で顕著だ。「世界の警察官」になる気はないとし、「アメリカ・ファースト」を標榜してきたトランプ氏が現在、「世界の警察官」の役割を演じ出しているのだ。
トランプ大統領は7日、地中海の米海軍駆逐艦からシリア中部のアサド軍のシャイラト空軍基地へ巡航ミサイル、トマホークを撃ち込む指令を出し、13日には、アフガニスタン東部のナンガルハル州のイスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)の拠点に非核兵器では最高火力を持つ「MOAB」(GBU-43)を初めて投下させている。名目はIS壊滅だ。

そしてトランプ氏は今、朝鮮半島に目を向け、軍隊を指揮し、独裁国家・北朝鮮問題の解決に意欲を示しているのだ。中国を「為替操作国」に認定すると表明してきたトランプ氏は習近平国家主席と会合し、北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に積極的に関与せよと発破をかける一方、中国が対北制裁に真剣に取り組む姿勢を見せると、「為替操作国」の認定を見送るなど、ムチとアメで中国を説得する外交を展開させている。

トランプ氏の目から「アメリカ・ファースト」の鱗を落とし、世界に目覚めさせたのは何だったのか。先ず考えられることは、米大統領が毎日情報機関から受ける最新の世界情報に関するブリーフィングだろう。ロシアの動き、イラン、北朝鮮、そして欧州諸国など世界主要国家の最新の動きに関する情報が大統領のテーブルに運ばれる。トランプ氏はそれらに接して、その世界観、政治観が変わっていったとしても不思議ではない。換言すれば、世界情報がトランプ氏を民族主義者から「世界の警察官」に変えていったというわけだ。

興味深い点は、大統領選の参謀で、その政治路線の創案者だったスティ―ブン・バノン大統領上級顧問兼首席戦略官のホワイトハウスでの地位低下と、トランプ氏の世界観の変化が同時進行していることだ。トランプ氏はバノン氏の民族主義的世界観の影響から脱皮し、世界の情勢を判断する目が開かれてきたのかもしれない。

トランプ氏はロナルド・レーガン大統領(任期1981~89年)を尊敬している。冷戦時代に西側の勝利をもたらしたレーガン氏のような大統領になりたい、といった願いがトランプ氏にはあるはずだ。

トランプ氏は、経済政策では「アメリカ・ファースト」を維持する一方、外交・安保問題では「世界の警察官」の役割を担う考えかもしれない。例えが良くないが、どこか「国民生活の向上」と「核・弾道ミサイル開発推進」の並列路線を表明している北朝鮮の金正恩労働党委員長と似ている。

トランプ氏は本当に変わったのか、現時点では即断できない。トランプ氏とロシアのプーチン大統領の首脳会談がまだ行われていないからだ。トランプ氏がプーチン氏とどのように渡り合うかを見なければならない。
トランプ氏が21世紀の「サウロ」となり、世界の紛争解決に貢献する米大統領になるか、首尾一貫性のない、気まぐれな大統領に終始するか、予測するのは難しい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。