金正恩氏に願われる「理想的負け方」

長谷川 良

朝鮮中央通信より引用(編集部)

北朝鮮最高指導者の金正恩労働党委員長はいよいよどのような“負け方”が理想的かを真剣に考えなければならない時を迎えている。金正恩氏は多分、「戦いは勝利しかないもの」と信じてきたかもしれない。「栄光の勝利者」のイメージはあっても、「理想的な敗者」の道については想像だにしてこなかったのではないか。

30代前半の青年に勝利の道のノウハウを伝達する親がいても、「息子よ、敗北はこうあるべきだ」と諭す親は少ないだろう。ましてや宮廷社会に生まれ、外部世界から隔離された世界に生きてきた金正恩氏にとって、たとえ相手が世界超大国の米国だったとしても勝利しか脳裏に浮かばないのだろう。

当方は「『白旗』を掲げない金正恩氏への恐怖」(2017年2月27日参考)というコラムの中で、朝鮮半島の今後の動向として、①暴発説、核兵器、弾道ミサイルなどを使用した大規模な紛争ぼっ発、②自爆説、制裁下で国民生活は急速に悪化、国としての形を失い、大量の難民が中国に流れる、③軍のクーデター説、④米中特殊部隊の北指導部への襲撃等の4つのシナリオを紹介した。

義兄・金正男氏暗殺直後であり、容認される余地が全くないだろうという判断から書かなかったシナリオがもう一つある。金ファミリーの亡命だ。これは決して唐突な話ではない。一部で既に真剣に検討されてきた選択肢だ。

金正恩氏の父親・金総書記は金日成主席死去「3年の喪」が明けた1997年4月、同国の駐在ジュネーブの李徹大使(当時)を通じて大邸宅(当時で約4億3000万円)を購入している。西側情報機関は当時、「金正日ファミリーの亡命先」と受け取ったほどだ。また、故金日成主席と会見した世界基督教統一神霊協会(現「世界平和家庭連合」)の創設者・文鮮明師は生前、朝鮮半島の平和的再統合として金ファミリーの安全保障と亡命を提案したと聞いたことがある。

金ファミリーの弾圧の犠牲となってきた数多くの国民にとって、金ファミリーの亡命という選択肢は受け入れがたいだろう。国際司法裁判所で人権弾圧などの蛮行を糾弾すべきだという声が必ず出てくる。ただし、朝鮮半島を再度戦場化させないためには、独裁者の亡命は必要悪かもしれない。

さて、コラムのテーマに戻る。金正恩氏にどのような「理想的な負け方」が考えられるだろうか。戦って負けるのを絶対に良しとしない金正恩氏の性格から判断すると、戦う前に後退することが最善の道となる。

国際社会が北に要求している点は、核実験の停止と弾道ミサイル発射の中止だ。これを受け入れる以外に金正恩氏には道がない。その上で、「敗北でも後退でもなく、戦略的選択だ」と国際社会に向かって表明すれば自身の面子は少しは保たれるだろう。金正恩氏にとって幸いなことは、同氏が30代前半の若者だという事実だ。50歳を過ぎた独裁者が「戦略的選択」といっても誰も信じない。

いずれにしても、米国と中国が対北制裁で舞台裏で合意した兆候が濃厚な時だけに、金正恩氏に残された時間は余り多くない。一刻も早く、「核実験と弾道ミサイル発射を停止し、その国力を国民生活の向上のために投入する“戦略的選択”を下した」と宣言すべきだ。そうすれば、国際社会での金正恩氏の株は少しは上がるかもしれない。なぜならば、犠牲者を出す前に敗北を受け入れることは、圧倒的な軍事的勝利よりも難しいからだ。金正恩氏にはぜひとも「理想的な負け方」を見せてほしいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。