フェルミ推定はビジネスに使ってこそ意味がある

荘司 雅彦

企業の採用面接で時々使われるという「フェルミ推定」をご存知の方は多いと思います。具体的には「アメリカのシカゴには何人(なんにん)のピアノの調律師がいるか?」を推定するもので、フェルミ自身がシカゴ大学の学生に対して出題したとされています。「そんなもんサッパリわからない」と答えると面接に落とされてしまいます。

こういう意地悪な質問の目的は、結果がどうあれ思考プロセスを試すことにあるのです。

シカゴの人口は300万人とする
シカゴでは、1世帯あたりの人数が平均3人程度とする
10世帯に1台の割合でピアノを保有している世帯があるとする
ピアノ1台の調律は平均して1年に1回行うとする
調律師が1日に調律するピアノの台数は3つとする
週休二日とし、調律師は年間に約250日働くとする
人口や世帯人数を大間違いしては困りますが、後は適当に仮説を立てて推論していけば、とりあえずの結果が出ます。

同じように、東京都内で個人宅の庭の手入れをする植木職人は何人いるかと考えてみましょう。
東京都の人口は1200万人超で1世帯あたりの人数が2人としましょう。すると東京都の世帯数は600万世帯となります。
庭付きの家を持っている世帯が6分の1だとすると100万世帯の家が庭付きとなります。庭の手入れは年平均2回やるとしましょう。
植木職人1日が手入れをする庭は平均1つ。
植木職人が年間200日働くすると、どうなりますか?
100万の庭を年に2回手入れする必要があるので、年間200万の庭の手入れが必要です。
植木職人は年間200日働き、かつ1日平均1つの庭の手入れをするので、200万の庭÷200日で1万人となります。
公園や街路樹などの手入れが必要なので、実際はもっと多いでしょう。もっとも、神奈川、千葉、埼玉など他県の大手業者が請け負っているとすると、それは人数の減少要因になります。

ここで終わってしまえば、単なる頭の体操です。面接には通るかもしれませんが…。

以前、地方都市にバレーボール専用の体育館を建設するというニュースが出ていました。融資した地銀の頭取が「普通の体育館なら融資はしないが、独自性のあるバレーボール専用であれば融資する」という話だったと記憶しています(記憶違いであれば失礼をお許し下さい)。

この記事を見て、私は「こんな時こそフェルミ推定を活用してトップの間違った判断を正すべきだ」と思ってしまいました。
人口が50万人の地方都市で、バレーボールを競技する人が50人に1人だとしましょう。その都市のバレーボール競技人口は1万人です。競技人口1万人が年平均10日に1回利用するとすると、バレーボール専用体育館は年間1000人に利用されます。1回のゲームや練習で交代要員も含めて20人が一緒にプレーするとすると、年間利用回数は50回(1000人÷20人)。これだけで採算に合わないことは明白ですよね。
ところが、人口500万人の都市部でバレーボール専用体育館を作れば、年間利用回数が10倍の500回となるのでコート2面を作っても採算が合うかもしれません。

人口の少ない場所に専門店が少ないのは、このような理由があるのです。鉄道模型の専門店を人口50万人の地方都市で開いたとしましょう。鉄道模型ファンが1000人に1人だとすると500人の潜在顧客しか存在しません。彼らが年間3万円の買い物をしてくれても、年間売上は1500万円です。利幅が1割だとすると年間の利益は150万円となり、諸経費も賄えない恐れがあります。これが、人口500万人の都市部であれば利益が1500万円となるので、鉄道模型の店が2つあっても何とかやっていけるかもしれません。

周囲を見渡してみても、都市部には専門店があるのに地方都市には専門店が少ないですよね。これは、人口から導かれれ潜在顧客数の違いによるのです。人口が多ければ、それに比例して専門店を利用する潜在顧客も多いので、専門店の経営が成り立つのです。

もちろん、競合店の数が多ければ潜在顧客の奪い合いになるので、競争戦略が必要になるのは言うまでもありません。それでも、潜在顧客がほとんどいないよりはマシです。

もっとも、フェルミ推定に基づく店舗数や出店計画には例外があることも忘れてはなりません。
最たるものが、香川県のうどん屋の数でしょう。人口から割り出せば店舗数は明らかに過剰過ぎます。それでも、他府県で出店するより香川県で出店するのは、地元の人たちがうどんを食べる頻度がとても多いからなのでしょうね。

以上をまとめると、(潜在顧客割合の少ない)専門店はできるだけ人口の多い場所に出店しないと経営が成り立ちません。もっとも、潜在顧客がたくさんいても競合他社がいれば、競争戦略で勝ち残る必要があります。例外的に、(香川県のような)地域性や住民の嗜好によって推定値がアテにならないこともあるのです。

荘司 雅彦
2017-03-16

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。