トランプ政権、初の関税カードを切った相手はカナダ

トランプ米大統領は就任100日を控え、カナダ政府に噛みつきました。

ロス米商務長官は24日夜、声明カナダから輸入する針葉樹の材木に平均20%の相殺関税を掛ける方針を表明。カナダの州政府が林業に低価格で材木の伐採並びに販売を承認していたと非難し、過去に遡り年間約50億ドル相当の対米輸出品を対象にすると明かしています。今回は仮決定で米商務省が最終決定を下し、かつ米国際貿易委員会(FTC)が米国内の関連産業を承認する必要があるものの、実質的にこのようなニュースが出れば反応が現れるものです。加ドルは24日から対ドルで1.1%下落、北米自由貿易協定(NAFTA)のもう一つのメンバー国、メキシコのペソも流れ弾を受け2.0%下落しました。

材木への相殺関税で対象となるカナダ企業は以下の通り。


(作成:My Big Apple NY)

さらにロス長官は、同じ声明でカナダが米国からの一部乳製品の輸入を制限してきたと発言。24日付けのツイッターでは、トランプ米大統領も「カナダはウィスコンシン州などカナダ国境沿いで働く酪農家仕事を非常に困難にさせている。見ていろ!(Canada has made business for our dairy farmers in Wisconsin and other border states very difficult. We will not stand for this. Watch!)」と、援護射撃していました。

ウィスコンシン州は言わずと知れたスウィング・ステーツ(激戦州)で、2016年の米大統領選挙でもトランプ米大統領の誕生を決定づけた6州の一つですよね。4月18日に“米国製品を買い、米国人を雇用せよ”と題した米大統領令の署名した舞台も、ウィスコンシン州ケノシャを選んだことは記憶に新しい。ちなみに同州の農業収入は883億ドルのところ、約半分の434億ドルが酪農製品を占めています。牛乳生産量でカリフォルニア州に次いで全米2位、チーズでは全米1位なんですね。

2015年においてチーズの世界生産量は422.3億ポンド、トップは米国で118.4億ポンド(全体の28%)、そのうちウィスコンシン州が30.7億ポンドを占めます。ウィスコンシン州を国と仮定すれば、世界で堂々4位でした。


(作成:My Big Apple NY)

一方、カナダの針葉樹(Spruce=トウヒ、Pine=松、Fir=モミ)は米国の住宅建設にとって必需品であり、全米ホームビルダー協会(NAHB)は関税付与にも反対の立場を採ってきました。NAHBのシニアエコノミスト、ポール・エンラス氏は、2017年にわたり相殺関税19.88%を賦課されれば1)全米建設労働者の賃金が4億9,830万ドル押し下げられ、2)米連邦政府の歳入を3億5,020万ドル縮小し、3)8,241人に及ぶ正社員の雇用喪失を招く――と試算しています。 NAHBのブログでは、1月末から2月半ばまでに14%上昇したことを踏まえ4月末までに30%上昇すると仮定した上で、「注文住宅1戸当たりの木材費用は6万ドルなので、単純に1.8万ドルのコスト増加になる」との指摘を紹介していました。カナダ系金融機関のアナリストは「想定されていた45~50%より低い」とのコメントを寄せたものの、iシェアーズ米国住宅建設ETF投資信託 (ITB)が明けて25日に1%近く下落するはずです。

しかし、針葉樹の価格高騰は今年の1月から開始しているんですよね。トランプ政権発足を受け、米国-カナダ間で長年議論の対象となっていた材木に相殺関税が賦課されるとの観測が台頭するのに時間は掛からなかった。振り返れば、通商代表(USTR)のライトハイザ―候補が指名公聴会でUSTRの「優先事項」とまで証言していました。

1月27日から2月17日だけで毎週5%も急伸。


(出所:NAHB

米大統領選挙中に槍玉に挙げた中国、メキシコを敢えて選ばず、カナダを標的に絞った理由は明白です。中国は北朝鮮問題を抱え、メキシコは不法移民の流入阻止や壁建設で協力を引き出す必要があります。その点、ウッドロー・ウィルソン・センターのカナダ・インスティテュートでディレクターを務めるローラ・ドーソン氏が「扱いやすい悪役」と評価したように、米国に痛手となる報復措置が見込みづらい。トランプ米大統領がキーストーン・パイプラインXL建設に青信号を与えた今、カナダにとって対米輸出の制限は得策ではないでしょう。米国の原油・石油製品の輸入量は2017年1月で33億1,630万バレルのところ、カナダは1億3,275万バレルと全体の40%を占め堂々トップです。米国でエネルギー生産が拡大するなか、2015年5月には1990年以来で初めて対米貿易収支が赤字に転落した通り、黒字を確保しづらい環境では尚更です。カナダが報復措置を講じる選択肢は、限られているといっても過言ではありません。

しかも今回の措置は、経済国粋主義者を自称するスティーブ・バノン首席戦略官の存在感をあらためて強調できます。コア支持層を安堵させる材料ともなり、トランプ政権としては勝算が大きいと判断したのでしょう。

(カバー写真:Stefan/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年4月26日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。