育児CMはなぜ燃えるのか「異常識の時代」「想像力の欠如」だね

<喧嘩とセックス>夫婦のお作法 (イースト新書)
おおたとしまさ
イースト・プレス
2017-04-09


おおたとしまささんの『喧嘩とセックス 夫婦のお作法』(イースト新書)の発売記念イベントに行ってきた。この本のタイトルは、おおたファンからは波紋を呼んでいるようだが。セックスレス、産後クライシス、育児の葛藤、家事ハラ、子育てが誘発する価値観の違いやその乗り越え方について、専門家によるヒントがいっぱいの本だ。

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登壇者はVERY編集長の今尾朝子さんとFQ JAPAN編集長の宇都直也さん。スペシャルゲストとして、産後ケアのNPOマドレボニータの吉田志磨子さんと日本愛妻家協会の小菅隆太さん、さらには私という感じだった。著者界のおしゃれ番長として知られる私だけど、今日は普段着のナイキのスウェット、帽子、メガネという出で立ちだったので、誰も気づかなかったみたい(いや、それほど知られていないとも言えるのだけど)。

それはそうと、このイベント、おおたさんの最新作と連動しつつ、それを立体化させた超絶良イベントだった。著者界のイベント番長として、ジェラシーを感じるほどの良い出来だった。編集者視点というか。参加者の知りたいことがよく伝わり、発言しやすい、さらには自分事として考えやすい、丁寧な作り込みだった。何より、彼ならではの、あたたかく、でも本音を言いたくなるような、そんな空気感だった。

なんせ、7月に父親になる私にとって、参考になる話だった。妻は今月いっぱいで産休に入るのだが、体調や気分も良かったり悪かったりの繰り返し。とにかく支えるしかないわけで、やりくりするしかないわけで。


で。

ここからが本題。

なぜ、CMは炎上するのか、特に育児系、さらに広げると、女性が苦労する様子を描いたものは燃えるのかという問題。

イベントの中で、この、女性が育児でバタバタし苦労するムーニーのCMと・・・。


男性が家事をするのだが、そのレベルが低く、妻に文句を言われるヘーベルハウスのCMが話題となり。まあ、この家事ハラという言葉は本来の意味とは違うのではないかという声もあるのだけど。

前者は最近、大炎上していたそうだ。申し訳ない、本格的にネットを見ない人になってきており。すっかり情報源は新聞の電子版と、雑誌という風にふりきっており。炎上していたこと自体知らず。

「ムーニー 炎上」で検索すると、高知在住のブロガーの方が出て、なんだかなと思ったり。

イベントでは、それぞれCMが流され、会場で意見交換が行われたり、それをもとに産後クライシスなどの問題の議論が始まったのだが。

個人的に、会場で流された瞬間、前者は悲しい気分にはなったし、後者においては苦笑するしかなかったけど。冷静になるために、帰宅して妻と一緒に見たのだが・・・。

ムーニーのCMに関しては悲しくなるものの、まあ、苦労する姿を描いたらこんなもんじゃないか、男性がほぼ出てこず女性のワンオペ育児になっていてそこが批判されているのだろうが、とはいえこれもまた現実ではないか、警鐘を鳴らしたものともいえないか、という話になった。

ヘーベルハウスの男性の家事については、あるある話だけど、考えるキッカケを提供しているのではないか。そもそも、このCMで妻が夫にしているダメ出しは、昔は姑が嫁にしていたものであり、それに比べるとマシな世の中になったんじゃないか、という。さらには、長時間労働の原因とも言える、過剰なサービスレベルの要求とも言えるのではないか、と。

もちろん、ネットでバズること、ネットをいったんおいておいても、月間数千本流れるCMの中で埋もれないようにするために尖らせるという工夫はするのだろう。中には炎上狙いのものや、すれすれのものもある。一方、この手のものは、「炎上させてやる」という先鋭化したツッコミによるものも大きいのではないか。YouTubeでCMを何度も見ることができることも、送り手としてはバズることを期待しつつも、受け手としてはツッコミのチャンスを得ることができるとも言えるわけで。

いや、もちろん、ワンオペ育児だという批判は分かる。とはいえ、そのようなワンオペ育児は現実にあるわけで。その問題提起をしたとも言えるわけだ。批判する側も、「発言の機会がやってきた!」くらいに思っていないか。前出の高知在住青年のブログが検索して最初に出てくるのもそういうことではないか。

労働・出産・育児に関する価値観や常識も世代や価値観によって異なっている。いまや「非常識」ではなく「異常識」の時代なのである。


最新作でも、イクメン礼賛や少子化に歯止め論が内包する偽善を数ページかけて批判したのだが。脊髄反射的に、この手のことを自分の意見を言う機会にして、我田引水、利益誘導するのも結構だけど、いったん常識と感情を手放して、なぜこのようなことが起こってしまうのかを考えなくてはいけないのだ。

さらに言うならば、もろもろ想像力がないのだよね、寛容ではないのだよね、と。何かこう、わかりやすい説明が期待され、何か至らない部分があれば徹底批判する。あぁ、面倒臭い世の中だね。要するに何か言いたいだけなんだろう。

というわけで、これに限らず、今後も育児や、もっというと女性が苦しむCMはたとえ問題提起であっても、燃え続け、それに合わせて自分に都合の良いことを言うのだろうな。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。