独週刊誌シュピーゲル(5月13日号)は韓国の文在寅大統領(64)を旧西独時代のヴィリー・ブラント首相(任期1969~74年)と比較する小解説記事を掲載している。タイトルは「ソウル出身のヴィリー・ブラント」だ。
ブラント首相は当時、独自の“東方政策”を実施し、旧東独との緊張緩和、再統一を積極的に推進した政治家で、その功績で1971年ノーベル平和賞を受賞したが、首相の最側近のギュンター・ギヨーム秘書が旧東独のスパイと発覚し、ブラント政権は崩壊に追い込まれ、その東方政策は失敗に終わった経緯がある。
シュピーゲル誌は分断国家だった東西両ドイツと南北の相違点として、①旧東西ドイツ間で武器戦争はなかったが、南北の場合、双方が多くの犠牲者を出す戦争(韓国動乱)を体験した。それ故に、南北の和解は東西のそれ以上に厳しい、②南北の分断は東西分断以上に長く、ほぼ半世紀に及ぶから、東西分断より深刻、③旧東独には核兵器で世界を威嚇する金正恩労働党委員長は存在しなかった、と述べている。
一方、南北と東西の共通点については、「両者とも周辺大国を抜きに和解交渉ができない点で似ている。南北の場合、米国、中国、ロシア、日本との緊密な協議が必要となる」と説明している。その上で「文大統領は現実主義者だ。韓国の安全を危険に陥れることはなく、段階的に平壌指導者の信頼を得たいと考えている」と述べ、文大統領の政治手腕に期待している。
シュピーゲル誌によると、ブラントは韓国の野党指導者だった金大中(後日大統領に就任)と会談した時、「われわれのように余り慌て過ぎないように」と助言している。
「共に民主党」のリベラル派代表の文大統領は、北との間の緊張緩和を望んでいる。文氏は韓国動乱時に北から南に逃げてきた人間だ。韓国では人権擁護の弁護士として活躍し、‘太陽政策‘を実施した金大中大統領、それを継承する盧武鉉大統領のもとで南北間の接近を演出してきた政治家だ。
北朝鮮は21日、弾頭ミサイルを再び発射した。それを受け、文在寅政権は「北の度重なる挑発はわが新政府と国際社会が持っている朝鮮半島の非核化と平和定着に対する期待と熱望に冷や水をかける無謀かつ無責任な行動で、今回の挑発を強く糾弾する」(聯合ニュース)とした外交部報道官名義の声明を発表したが、北が14日弾道ミサイルを発射した時の政府声明の中には、「懲罰」「制裁」といった強い表現を避け、北を刺激しないように配慮していた。
核開発を継続し、弾頭ミサイルの発射実験を繰り返し、国際社会から厳しい批判を受けている金正恩氏との対話は目下、実現の見通しがないが、状況が許せば、北との対話を必ず模索してくるだろう。考えられるシナリオは、閉鎖された開城工業団地の再開協議だ。その時、日米同盟国との意見調整を忘れ、一方的に緊張緩和政策を実施すれば、韓国と日米間の乖離を狙う北側の思う壺にはまる危険性が出てくる。
韓国内には北から送られたスパイが暗躍している。それだけに、親北派の文政権はブラント政権の時のようにスパイ事件で躓かないように注意しなければならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。