ベーシックインカムで再定義したい「生活に直結する消費支出」 --- 伊藤 将人

いらすとや(編集部)

フィンランドが17年1月からベーシック・インカム(BI)を試験運用するなどBIが注目されています。日本においては、BIと生活保護法の規定との相違などが注目されます。

本稿では、生活保護法で定める「健康で文化的な生活」(第三条)から、当面BIで実現すべきと考えられている「生活に直結する消費支出」を分け、「生活に直結する消費支出」の定義やBIが実現すべき将来の扶助について考えていきます。

「生活に直結する消費支出」について

まず、生活保護法の扶助とフィンランドなどが導入を検討するBIとでは扶助の対象と範囲が異なることが指摘できます。簡単にまとめるなら、生活保護法は貧困層を主な対象に生活費の広範囲を扶助する制度で、フィンランドが試験導入するBIは貧困層のみでなく、幅広く育児世帯、起業家などを対象に生活に必要な一人月7万円程度を支給する制度です。この月7万円という数字は日本ではどのように捉えられるでしょうか。私は「生活に直結する消費支出」がこれぐらいなのではないかと考えています。以下、生活保護や家計調査から検討してみましょう。

生活保護法の規定から「生活に直結する部分」とそれ以外に分けてみましょう。生活保護法では扶助の種類を「生活扶助」「教育扶助」「住宅扶助」「医療扶助」「介護扶助」「出産扶助」「生業扶助」「葬祭扶助」の8種に分けています。このなかで「教育扶助(義務教育など)」「介護扶助」「出産扶助」「葬祭扶助」はライフサイクルの特定の時期に必要なものであり、常時提供されるものではありません。

また「生業扶助(職業訓練など)」は中期的な計画に基づく扶助であり、より生活に直結する「生活扶助」「住宅扶助」「医療扶助」とは分けて考える必要があるでしょう。つまり、本論では「生活に直結する消費支出」の扶助を「生活扶助(衣食、光熱水道、移動など)」「住宅扶助」「医療扶助」の中の一部に限定したいと思います。

消費支出について

このように「生活に直結する消費支出」を限定すると、それはどれくらいの金額になるのかが注目されます。そのことを考える上で、まず総務省統計局の家計調査から「2人以上の世帯の勤労者世帯の1か月間支出」を参照して消費支出の全体像を見てみましょう。家計調査では消費支出を10項目に分類しています。「食料」「住居(家賃など)」「光熱・水道」「家具・家事用品(家電、家具、台所消耗品など)」「被服及び履物」「保健医療」「交通・通信(交通費、自動車、携帯など)」「教育」「教養娯楽(テレビ、PC、ゲーム、旅行など)」「その他の消費支出(化粧品など消耗品、鞄、宝飾品など)」。2016年の調査では10項目で月間約31万円が支出されており、2007年~2016年の10項目の月間の支出平均は約31万6千円です。

この中で「生活に直結する消費支出」は「食料」「住居」「光熱・水道」「被服及び履物」「保健医療」を中心にこの中の一部を除き、他の項目の一部を追加する形になるでしょう。上記の5項目を単純に足した金額は約14万円で、これは生活保護法で2人以上の世帯に「生活扶助(衣食、光熱水道、移動など)」「住宅扶助」として扶助されている金額と比べて、地域などで差はありますが、概ね低い額だといえそうです。

つまり、フィンランドのBIの規定や家計調査などから、2人世帯においては15万円程度が「生活に直結する消費支出」と推定することができるのではないでしょうか。

1981年と2016年の消費支出の比較

では、5年後、10年後この金額はどのように推移していくでしょうか。そのことを考える前に、過去と現在のデータを比較してみましょう。2016年の上記10項目の月間の支出平均は約31万円で、実収入は約52万8千円でした。この消費支出額を35年前の1981年のデータと比較してみましょう。1981年の消費支出は約25万1千円で、実収入は約36万7千円でした。このデータからは実収入が15万円程度伸びているにも関わらず、日常生活の消費支出である10項目消費支出は35年前の水準からさほど増えていないということができるでしょう。

次に各項目の消費支出の推移を見ていきましょう。1981年と2016年の10項目の消費支出を比較し、各項目を「1981年<2016年」「1981年≒2016年」「1981年>2016年」の3つに分類しました。

「1981年<2016年」のカテゴリには「住居(家賃など)」「光熱・水道」「保健医療」「交通・通信(交通費、自動車、携帯など)」「教育」「教養娯楽(テレビ、PC、ゲーム、旅行など)」が入ります。この中で、「住居」「光熱・水道」「保健医療」「交通・通信」はその一部に「生活に直結する消費支出」を含むと考えられます。「住居」支出は1981年約1万円だったものが2016年には約2万円になっています。この「住居」という項目は「持ち家での生活や、家や土地の購入」を除いた「家賃など」の支出を意味する項目で、つまり、賃貸で暮らす人が増えればその支出が多くなる項目だといえます。

そして国土交通省の持ち家率の調査などからも持ち家比率の低下が見て取れ、このような理由も「住居」支出の増加の一因だと考えられます。また、「光熱・水道」の項目は社会インフラとして政府の関与が大きいことが想像できる項目ですが、発電燃料の変化や燃料価格の変化などが一因にあげられます。「保健医療」に関しては、世帯年齢の高齢化に伴い増加していることが原因の一つにあげられるでしょう。

「1981年≒2016年」の項目としては「食料」「家具・家事用品(家電、家具、台所消耗品など)」「その他の消費支出(化粧品など消耗品、鞄、宝飾品など)」があげられます。また「1981年>2016年」の項目として「被服及び履物」の項目もあり、これらの分野では機械化、技術革新などによりコストの低下を実現し、安価で良質の商品(サービス含む)が提供されていることが想像できます。そして、これらの項目は「生活に直結する消費支出」と非常に関連する項目といえ、「生活に直結する消費支出」はテクノロジーの進化により、商品やサービスの質の向上とコストの削減を実現して分野であると言えるでしょう。

将来の消費支出について

過去の推移から本論で指摘したいのは技術革新などの要因で生産性が向上し、安価で良質の商品(サービス)が提供されるようになり、その結果、「生活に直結する消費支出」の項目を中心に消費支出の金額が抑えられたのではないかということです。では、5年後、10年後の「生活に直結する消費支出」はどのように推移していくのでしょうか。

現在、AIやIoT、ロボット工学などテクノロジーは加速度的に進化しています。このような急速なテクノロジーの進化は生産性の向上をもたらし、将来さらに安価で良質な商品(サービス)が提供されるのではないでしょうか。つまり、将来「生活に直結する消費支出」の支給を目的としたBIのコストは下がり、非常に効率的に実施できる可能性があるのではないかと考えています。

消費支出の額に関しては、人々の意識や経済状況など多様な変数を含みます。しかし、生産性が上がることで商品やサービスがコモディティ化することも大きな要因になると考えています。本稿が将来の扶助に関して考える際のヒントになれば幸いです。

伊藤 将人 人材系シンクタンク勤務
大手新聞社入社後、人材系シンクタンクに転職。また、フリーライターとして各種執筆活動に従事。