「国境調整税」でドル高がやってくる

池田 信夫

死んだと思っていたアメリカ共和党の国境調整税が、民主党との取り引きで生き返る可能性が出てきたようだ。これは共和党の主流派が推進しているが、トランプ大統領がそのコンセプトを理解していないので、どうなるかはまだわからない。

他方、マンキューやフェルドシュタインなどの提唱した炭素税の国境調整に、エクソンモービルやBPに続いてサマーズが賛成した。彼は「国境調整」という考え方にも「合理的で、合衆国憲法より古い」と賛成している。彼もいうように関税は昔からあるが、国内にも関税をかけるのが画期的だ。

以前の記事でも説明したが、国境調整という考え方は国際関係を根底から変える可能性がある。今までは関税には国際協調が必要だったが、国境調整は一方的に関税をかけて為替レートで調整する。これが保護主義ではないことは、フェルドシュタインとクルーグマンとサマーズが賛成していることで明らかだろう(理論的説明はFeldstein-Klugman参照)。

たとえばアメリカが輸入品に40ドル/トンの炭素税をかけると輸入が減り、輸出品は免税なので貿易収支は(相対的に)黒字になり、ドル高になる。それが実施される前に、日本も同じく4000円/トンの炭素税をかければ、長期的には為替レートも(ISバランスで決まる)貿易収支も変わらない。

法人税も同じだ。共和党の当初案では法人所得税を廃止して20%の連邦消費税を創設することになっていたが、フェルドシュタインもいうように、これでドルは25%ぐらい上がる。しかし日本も消費税を20%に上げると、為替レートは変わらない。

これは従来のWTOのような「国際協調」とはまったく違う発想で、今後の国際関係も大きく変える可能性がある。過渡的には混乱が起こるが、改革の実施までに税率の国際調整が行われて均等化するだろう。これはそれほど驚くべき改革ではなく、アメリカがEU型の付加価値税を導入するのとほぼ同じだ。ユーロ発足のころの経験では、半年ぐらいで混乱は収まって(周辺諸国との)為替レートは安定する。

「通貨戦争」なんて昔話で、グローバル化した世界では国際資本移動で為替レートが決まるので、為替に介入して貿易黒字を一時的に増やしても意味がない。むしろ裁量的な関税を廃止して、国内にも海外にも一律の目的地キャッシュフロー税(DBCFT)に変えることが重要だ。このような「一括固定税」は、租税理論でも効率的である。

国境調整税の最大の欠点は、そのロジックが経済学者以外にはほとんど理解できないことだろう。日銀の黒田総裁でさえ「円安になると景気がよくなる」という昔話から脱却できなかった。アメリカでも小売業界が強い反対運動を繰り広げているが、これはナンセンスだ。連邦消費税が上がると外貨が安くなるので、輸入物価は長期的には変わらない。

共和党の改革案は法人所得税の廃止をめざしているが、Auerbachなどの財政学者は、労働所得税を含む直接税をすべて廃止することを究極の目標にしている。それが実現すれば、アメリカはタックス・ヘイブンになり、日本も追随せざるをえなくなるだろう。アジアに逃避した日本の製造業は国内に回帰して、成長率は大幅に上がるだろう。これがアベノミクス以後の最大の「成長戦略」だと思う。