体重が軽くなる(?)フィットネスクラブ

多くのフィットネスクラブでは、運動をしてサウナに入って汗を流した後の場所に体重計が置いてあります。
何年か前に通っていた”とあるフィットネスクラブ”の体重計は、ほんの少しですが数字が少なく表示されました。

周囲の人々が「この体重計に乗ると体重が減るので気分がいい」と言っていたので、私の認識違いではないはずです。一度スタッフに訊ねましたが「そんなことはありません。正確ですよ」と笑ってごまかされました。

「軽く表示される体重計」、私はとても上手な戦略だと感心しました。
フィットネスクラブに来る人のほとんどは、運動後、少しでも体重が減っていると気分がよくなり(運動を継続する)モチベーションが上がります。会員という顧客の潜在的なニーズを把握し、(ほんの少しのゴマカシで)顧客の気分をよくしてモチベーションを上げているのです。会員をつなぎ止める意図も少しはあるのかもしれませんが…。

顧客の潜在的ニーズの把握という点を別の局面で見てみましょう。
ある病院に2人の医師がいました。検査結果を告げる時の2人の対応が実に対照的なのです。
1人は「ずいぶん数値が悪いです。投薬までは不要ですが飲酒はできる範囲で控えて下さい」と神妙な顔つきで患者に告げます。

もう一人は、「この数値がちょっと気になりますが、今のところ大丈夫ですよ。お酒はビールを毎日飲んでいるとのことですが、暑い時のビールはおいしいですよねー。今日も一杯やるんでしょ。度を過ごさないようにして下さいね」と朗らかに患者に告げます。

投薬の必要はなく、飲酒を禁止する必要もないという点では2人の診断は同じです。
しかし、後者の医師の方が圧倒的に人気があるのです。なぜなら、診断を受けるほとんどの患者の潜在的ニーズは「安心」ですから。早期発見、早期治療という表向きのニーズはあるものの、潜在的には検査結果に安心を求めているのです。そのニーズをしっかり把握して、朗らかに「安心」を与える後者の医師の人気が高いのは、極めて当然のことなのです。

事実関係に争いがなく情状酌量だけの刑事法廷で、たまに被告人をとことん叱りつける弁護人がいます(検察官ではなく弁護人です)。

私が司法修習生時代に法廷傍聴をしていた時、被告人を厳しく叱る弁護士が何人かいたので理由を尋ねてみました。「彼は初犯だから、二度とやらないように懲らしめたんだ」という答えをもらいましたが、私には納得できませんでした。

身柄拘束をされた被告人は、取り調べでは警察官や検察官に散々怒鳴られ罵られ、「反省の態度が見られない!」と叱られます。ましてや、初犯となれば不安な気持ちで一杯です。四面楚歌の状態で、弁護人にまで叱られたら人格が歪んでしまうかもしれません。

世界中が敵に回っても、弁護人だけは被告人の味方でならねばなりません。その役割を放棄するのであれば、弁護人になるべきではありません。

その弁護士さんが反面教師になってくれたおかげで、私は刑事弁護で接見に行く時でも法廷の中でも、被告人に対して必ず敬語を使うようにしました。

身柄拘束中の被告人は、名前を「呼び捨て」にされ、乱暴な言葉で命令されるので自尊心が傷つきます。被告人が弁護人に求める潜在的ニーズは、一人の人間として敬意を払ってもらいたいということです。

弁護士は哲学者でも宗教家でもない”ただの法律屋”に過ぎません。被告人の人生を変えるという大それたことなど決してできません。一人の人間として敬意を払ってもらいたいという被告人の潜在的ニーズをしっかり充たし、後は懸命に弁護するのが精一杯の役割だと考えています。

説得の戦略 交渉心理学入門 (ディスカヴァー携書)
荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年6月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。