先日、小林麻央さんが34歳の若さで乳癌により亡くなられました。衝撃を受けられた方々も多かったと思います。同時に、生きているありがたさを実感し、乳癌検診を含めた、ご自身の体の健康チェックについて、あらためて考えられたという方もいらっしゃるかもしれません。
食生活や生活習慣の欧米化に伴い、近年増加の一途をたどっている乳癌。女性では罹患率が第一位で、2016年の罹患数予測では90000人となっており、これは2006年の49772人の2倍にのぼる勢いです。
6月5日に行われた「第22回がん検診のあり方に対する検討会」において、厚生労働省は「高濃度乳房であることを受信者に通知する」ための体制づくりをすすめていく方針を示しました。
「高濃度乳房」というのは、乳腺密度が高いために、マンモグラフィを撮影すると乳房の大部分が白くうつってしまい(癌も白くうつります)、癌がかくれてしまい、見逃されるリスクのある乳房のことです。日本人などのアジア人に多く、40歳代までの若年者で多いことが知られており、日本人女性では50-80%程度の頻度といわれています。放射線診断医であるわたしは、3Dを含むマンモグラフィ画像を毎日読影していますが、高濃度乳房が多いことは日々の診療からも実感できます。最近では、更年期障害に対するホルモン治療などの影響もあり、閉経後に乳腺が少なくなっていくはずの高齢者でも高濃度乳房の人が増えています。アジア人と比較して、欧米人では比較的高濃度乳房が少ないことがわかっています。
乳がん検診は、過剰診断が近年話題になっていますが、欧米での研究で死亡率低下(20-30%程度)が証明されている唯一の早期発見の手段であり、わが国では、40歳以上に対して2年に1回の検診が推奨されています。
①アメリカでは半数近くの州で「高濃度乳房」の通知義務がある
現在、アメリカでは半数近くの州で「高濃度乳房」の通知義務が制定されており、また、「高濃度乳房」と判定された受信者には保険で乳房超音波が受けられると法律で定めている州もあります。アメリカで「高濃度乳房」の通知が法制化されたのは、ひとりの乳がん患者による社会運動がきっかけでした。
コネチカット州に在住していたNancy M. Cappelloさんは、40歳になって以降11年間マンモグラフィによる検診を受け続けていましたが(以前アメリカでも40歳以上がマンモグラフィ検診の適応でしたが、現在では改められ、50歳以上2年に1回が推奨されています)、毎年「異常なし」と通知されており、規則正しい食生活、運動もこなしていました。
ところが11年目になる年に、マンモグラフィを終えたあとの触診で、しこりを指摘されたのです。マンモグラフィでは異常は指摘されませんでした。その後、超音波を行ったところ、2cmを超える腫瘍とリンパ節転移が発見され、ショックを受けました。当時、アメリカ医師の間では、高濃度乳房だとマンモグラフィで癌が発見されにくいというのは常識でしたが、患者たちには知らされていませんでした。
NancyさんはNPO法人であるAre you dense?®を立ち上げ、コネチカット州の上院議員の支援のもと、高濃度乳房の人に対し、乳がん検診に乳房超音波検査を追加する費用負担を認める法律を成立させ、その後、高濃度乳房の人への説明義務とマンモグラフィ以外に受けるべき検査を医師に相談できることを定めた法律制定にも成功しました。この動きは全米に広がり、2015年7月までに、50州のうち24週で類似の法律が制定されています。
②「高濃度乳房」であることがわかったら、どうすればいい?
現在、わが国において、市町村などの自治体で行われている乳がん検診の様式は、自治体ごとに異なってはいるのですが、多くの様式では高濃度乳房かどうかについて評価し、記載する場所があります(下の様式は東京都)。
われわれ診断医は、乳腺を「脂肪性」「乳腺散在」「不均一高濃度」「高濃度」の4段階で評価します。このうち、「不均一高濃度」「高濃度」の場合に、癌の検出率が下がると言われています。今はまだ、一般的には高濃度乳房の通知は行われていませんが、自治体によっては、例えば横浜市のように、「高濃度」と、「不均一高濃度」に該当する場合には、受診者への説明がすすめられているところもあります。
では、あなたの乳腺は「不均一高濃度」あるいは「高濃度」です、と言われた場合、どうすればいいのでしょうか? 超音波検診を追加するのがひとつの方法です。
超音波検診は、検診超音波を行っている施設であれば、希望すれば受けられることが多いですが、費用は自治体の負担ではなく、自費または健康保険組合の負担となります。健康保険組合による人間ドックや検診では、組合によって項目が異なっており、年齢などに応じて乳房超音波検査が選べる場合もありますので確認されることをおすすめします。
また、乳がん検診の対象はわが国では40歳以上ですが、家族歴などのリスクファクターがあって20-30歳代などの若年での検診を希望される方は、病変の検出しにくいマンモグラフィ検診よりも超音波での検診が適しています(アメリカでは、遺伝性乳癌卵巣癌症候群など若年での癌リスクが高い人に対してはMRIでのスクリーニングが勧められていますが、日本では、遺伝性乳癌に対してのカウンセリング体制が充分でないことなどから、MRI検診はまだ現実的な選択肢とはなりづらい状態です)。。
超音波併用検診はマンモグラフィ単独と比較して乳癌の検出感度が上昇しており、有用性が示唆されています。しかし、併用検診で検出率の上がっているのは早期癌の検出率であり、「死亡率が減少するかどうか」はまだ示されておらず、今後の研究課題となっています。
「高濃度乳房」について書かせていただきましたが、少しは理解の一助になりましたでしょうか?近年、乳がん検診を含め、がん検診は、有用性が強調される一方で、過剰診断の問題も近年指摘されるようになってきており、その点に関してはまた別の機会にでも書かせていただきたいと思っています。
※追記・30日21:30 一部修正しました。
松村 むつみ
放射線診断医、メディカルライター
アゴラ出版道場二期生
東海地方の国立大学医学部卒業、首都圏の公立大学放射線医学講座助教を得て、現在、横浜市や関東地方の複数の病院で勤務。二児の母。乳腺・核医学を専門とし、日常診療に重きを置くごく普通の医師だったが、子育ての過程で社会問題に興味を抱き、医療政策をウォッチするようになる。日本医療政策機構医療政策講座修了。日々、医療や政策についてわかりやすく伝えることを心がけている。