行動が感情や思考を変える

よく、「セックスしたから相手を好きになる」と言われます。「とんでもない、相手を好きになったからセックスするのだ!」という反論が出てきそうですね。

この点については、拙著「説得の戦略」で引用している中野信子氏の「脳内麻薬」によると、「動物の浮気の研究から…セックスによって愛情が深まるということがわかってきました」と書かれています。セックスによってドーパミンが分泌されて脳に快楽状態をもたらすことから、相手に対する愛情が深くなるそうです。

さて、ここでは拙著ではご紹介しなかった設例を一つ挙げてみましょう。

鈴木君と佐藤君という、2人の高級車(とりあえずベンツにしましょう)のセールスマンがいました。容貌や話術は明らかに鈴木君の方が勝っているのに、売上成績は常に佐藤君がトップでした。

鈴木君が佐藤君に「どうやったら、君のように車を売ることが出来るんだい?」と聞くと、佐藤くんは「今まで買ってくれたお客様の大切にすることだよ」と答えました。

なるほど、ベンツを買うようなお客様にはお金持ちの知人がたくさんいるはずだ、と納得した鈴木君は、今までベンツを買ってくれたお客様のところを一軒一軒回って、「どなたかお知り合いの方をご紹介下さい」と頼みました。みなさん「機会があれば紹介するよ」と快く言ってくれたのですが、なかなかお客様は来てくれません。

一方、佐藤君は、ベンツを買ってくれたお客様に、ベンツのことを賞賛している車雑誌や、ベンツが一番優れていたと証明された衝突実験の結果記事や、高級ホテルでは(ホテルの品位を高めるために)ベンツを前の目立つところに駐車させてくれて便利だという話題を頻繁に持っていったのです。「お客様を紹介して下さい」などと一言も言わないのに、佐藤君には以前のお客様から紹介を受けたという新規顧客がたくさんやってきました。

佐藤君が使った方法は、「人間は自分のとった行動を正当化する」という心理作用を上手に使ったのです(拙著6項)。

ベンツを買ったお客様は、買った後になって「もしかしたら無駄遣いをしてしまったんじゃないだろうか?」「日本車の方がよかったかもしれない」などと不安になります。友人、知人たちから「燃費が大変だぞ」「メインテナンス費用が高いぞ」などとからかわれることもあるでしょう。

しかし、「しまった、ベンツを買った自分はバカだった」と思い込む人は滅多にいません。ほとんどの人は、「ベンツを買った」という自分の行為を正当化するための材料を懸命に集めます。ディーラーとしてのプロの立場からたくさんの安心材料を提供してくれる佐藤君は、既に買ったお客様にとって実にありがたい存在なのです。燃費をからかう友人に対して、(佐藤君が持ってきた資料を見せ)「事故に遭った時の安全性が桁違いだろ。燃費をケチって命を落としたら取り返しがつかないぞ!」と反論することができます。

中には、お客様が見せた資料に納得して、「君の担当者を教えてくれ」と頼む友人も出てきます。満足したお客様は、大威張りで佐藤君を紹介するのです。ベンツの利点を熱心に説きながら。

「紹介して下さい」と自分の利益だけ伝える鈴木君より、お客様の真のニーズに応えている佐藤君の方が新規顧客に恵まれるのは、極めて当然のことなのです。

あなただってそうでしょう?
アンドロイドを使っているかiPhoneを使っているか、はたまたガラケーを使っているか知りませんが、自分の選んだ携帯の機種にケチを付けられると、つい反論して自分の選んだ行動を正当化してしまいませんか?

「行動」→「思考・感情」という心理パターンに人間は大きくに左右されているのです。表題のセックスに関しては、「行動」→「ドーパミンの分泌」→「思考・感情」となるので、一層「好きになる」という感情が強くなるのかもしれません。

「行動させれば、相手の感情を容易に動かせる」…すべての人間にあてはなる心理作用です。多くの場面で活かすことができるはずです。

説得の戦略 交渉心理学入門 (ディスカヴァー携書)
荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年6月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。