これまで独走の感のあった免疫チェックポイント抗体治療に少しブレーキがかかった。無治療のステージ4非小細胞肺がんに対するニボルマブ対プラチナ系抗がん剤の比較試験結果がNEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINEに報告された。
エントリー基準はPD-L1の発現が1%以上の前治療のない患者だが、解析はPD-L1が5%以上の患者423名に対して行われた。一般的にPD-L1発現が高い患者さんの方が効果が期待されるので、よりPD-L1の高い患者に絞って、ハッキリと差を示したかったのだろうが、結果は失敗だった。
無再発生存期間中央値はニボルマブ4.2ヶ月に対して、抗がん剤群は5.9ヶ月と、統計学的にはっきりとした差はないものの、ニボルマブ群の方が短かった。しかし、全生存期間中央値はニボルマブ14.4ヶ月に対して、抗がん剤群は13.2ヶ月とニボルマブ群の方が長かった。ただし、これも統計学的にはっきりとした差はない。化学療法群212名のうち128名が、がんが大きくなり始めた後にニボルマブの投与を受けたので、話は少し複雑だ。
論文の結論は、ニボルマブは効果に関しては、化学療法と比べて優位性はないが、毒性が低かったとしていた。PD-L1の発現をもとに、効きそうな患者群を絞って臨んだだけに、期待外れの結果だったと思う。しかし、PD-L1はあまり決め手となるバイオマーカーでないことはこれまでも言われてきたことだ。私は、この結果を見て、免疫チェックポイント抗体が有効に働くには、分子標的治療薬、抗がん剤、放射線療法などによって、ある程度の数のがん細胞を殺すことが必要だと考えた。これらによって殺されたがん細胞が、マクロファージなどの抗原提示細胞に取り込まれて、抗原提示細胞ががん特異的抗原を提示し、ある程度の免疫細胞の活性化を起こしておくのが重要だと思う。
これまでの試験結果でもそうだが、免疫チェックポイント抗体が効果を示すまで、6ヶ月以上に期間が必要なことが少なくない。これはがんを攻撃するリンパ球が十分な数に増えるまでに要する期間だ。多くの医師が作用機序を十分に理解しないままに薬剤を利用している。
私たちは、PD-L1に加え、グランザイムなどの細胞傷害性リンパ球の活性化指標を調べることが重要ではないかと提唱してきた。免疫チェックポイント抗体そのものががん細胞を殺すのではなく、これらはがん細胞を攻撃するリンパ球を活性化することによって、間接的にがん細胞を殺すのだ。がんの組織に、これらのリンパ球が存在しなければ、これらの抗体は作用しない。
製薬企業は患者さんを絞り込まない方が利益は上がるが、国や研究者は、患者さんのためにも、健全な医療保険制度の維持のためにも、科学的な思考で薬剤の絞り込みにもっと注力すべきだ。意味のない薬剤費の垂れ流しを防ぐには、限られた予算とわずかの科学的な思考でいいと思うのだが、なぜ、それができないのか?不思議の国アリスだ。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。