消費税増税の「再々延期」はあるか

池田 信夫

竹中平蔵氏が、Voice8月号で「2%のインフレ目標が実現するまで消費税の増税を延期する」というシムズの提言を評価している。今年6月の骨太の方針では「債務残高のGDP比の安定的な引き下げ」を目標にしてプライマリーバランス黒字化を放棄したので、2019年10月に予定されている10%への増税が再々延期される可能性も出てきた。

シムズのFTPLは理論的には正しく、日本のデフレの原因は、政府が過剰に信頼されて国債の魅力が強すぎ、民間投資をクラウディングアウトしているハイパーリカーディアンな状態だというのは的確な説明だと思う。常識的にはゼロ金利でクラウディングアウトは起こらないが、国債のリスクプレミアムが極端に低いと起こりうる。

問題は、消費増税の延期でこの状況が変わるかということだ。私はこの程度では(よくも悪くも)何も起こらないと思うが、それではおもしろくないので、安倍首相が「増税を無期延期する」と宣言したら、金利上昇が起ると仮定しよう。金利が上がると、

物価水準=名目政府債務/財政黒字の(金利で割り引いた)現在価値(*)

というFTPLの式の右辺の分母が小さくなり、物価水準が上がる。それによって2%を超えるインフレになったとき、政府が「増税する」と宣言したら、インフレは止まるだろうか?

FTPLでは、財政黒字が増えると(*)式の右辺の分母が大きくなるので物価水準は下がるはずだが、投資家が国債のリスクを意識すると金利が上がる。そういう予想が支配的になると右辺の分母が下がってインフレになり、さらに金利が上がる…というスパイラルに入る可能性がある。

シムズの指摘する通り、本質的な問題は日本国債のリスクプレミアムが低すぎることなので、投資家がそれを強く意識すると国債が暴落する。このとき日銀が国債を買い支えると債務超過になり、銀行に取り付けが起っても救済できなくなる。

このような金融危機によって金融仲介機能が毀損されると、容易に元に戻らない。1998年の金融危機のトラウマは、その後10年以上残った。消費税を無期延期するというシムズの提言はケインズ的な景気対策ではなく、ゆるやかに通貨の信用を毀損する政策なのである。