水陸両用強襲輸送車「AAV7」は災害に有用か?

さて九州では豪雨で自衛隊が出動するも、例によって稲田大臣があれこれ問題を起こしているみたいです。

被災現場には消防の汎地形車輌、レッドサラマンダーが投入されているようです。

2017年7月の九州豪雨に対応するため、日本で岡崎に1台しかない全地形対応車レッドサラマンダーに出動要請

これはシンガポールのSTK社が開発した2連結の水陸両用車輌で、前後の車体の連結部分が回転し、また幅広のゴム製履帯を有しています。このため極めて高い不整地走行能力を有しており、沼沢地や雪原でも活動が可能です。
これはBAEシステムズ傘下のヘッグランドの車輌を参考に開発され、当初は軍用の装甲車両として開発されました。これは英軍のアフガン投入用としても調達されました。ですが退役が決まっています。英軍のバイキングよりも搭載容量が大きかったのですが、何か理由があったのかもしれません。サイズが問題になったのかもしれません。

レッドサラマンダーのような車輌は我が国の大災害には有用な装備ではないでしょうか。

さて、防衛省、陸自は水陸両用装甲車、AAV7は大災害にも有用だと納税者にアピールしました。本当でしょうか。

陸自も導入している水陸両用装甲車「AAV7」(写真は米海兵隊・Wikipedia:編集部)

確かにAAV7は東日本大震災のような津波の後では、海からのアプローチは可能でしょう。ですが、それならば海自はビーチングが可能な戦車揚陸艇を調達した方が余程多くのモノが搭載できます。AAV7は上陸後そのまま活動できる利点はありますが、搭載量が多くはありません。むしろば戦車揚陸艇に通常の車両を搭載した方が余程便利です。

ところがこのような揚陸艇を海自は殆ど持っていません。あるのはクソ高いLCACだけです。LCACは維持費が高い割には使い勝手が悪い装備です。何しろ揚陸できるのは砂浜だけで、後進ができないので、方向転換するためにはかなり広い砂浜が必要です。

AAV7は水陸両用装甲車ですが、艀を装甲車化したような存在であり、地上での路外踏破能力はそんなに高いわけではありません。南西諸島の珊瑚礁も超えられません。

政府のいう島嶼防衛とは尖閣諸島など無人島、小島などを指していたはずです。ところがAAV7はそのような南西諸島の離島では運用ができず、沖縄本島とか、宮古島とか大規模なビーチが存在する島でないと運用できません。

ということは、政府と防衛省は本来の島嶼防衛は諦めて、宮古島や沖縄本島が人民解放軍に占領されて、それを奪回する作戦=民間人を巻き込む作戦を考えている、という見方ができます。つまり始めから相手に宮古島や沖縄本島をとらして、島民を巻き込む前提の作戦を考えている、とも言えます。

アレコレと防衛問題に過剰なくらいセンシティブな沖縄のメディアはリベラル系メディアがこのことをスルーしているのは不思議としか言いようがありません。

更に申せば沖縄本島が占領されるということは、米軍の空軍拠点である嘉手納も壊滅して、在日米軍の航空戦力、沖縄や九州における自衛隊の航空戦力も壊滅している状態ですが、そのようなシナリオの起こる可能性は、無人島を対象にした本来の島嶼防衛よりも起こる可能性が高いのでしょうか。

そんな可能性が低いシナリオよりもより起こりうる、本来の島嶼防衛に身を入れるべきです。AAV7なんぞという、時代遅れの、役立たずのオモチャを買うべきではありませんでした。

陸自の訓練時のAAV7(陸自サイトより:編集部)

さてそのAAV7ですが、結論的にいうと殆ど災害では役に経たないでしょう。まず図体が大きすぎます。被災の現場まで持って行くには母船に搭載して、浜辺のあるところで、自力でオカにあがるか、LCACに乗せて揚陸する必要があります。陸路ならばかなり大きなトレーラーに搭載する必要があります。C-130は勿論、C-2でも輸送は無理でしょう。ましてヘリで空輸することもできません。

そして、ご案内のようにリーフを超えることができないわけですから、完全に洪水で水没した処ぐらいしか役にたたず、泥濘地や増水で沼沢化したような地域、豪雪地帯では役に経ちません。そしてそのような現場に到達するのは極めて困難です。

AAV7の採用は、それがたとえ役立たずのクズでも、始めに採用ありきの政治決断だったと思われます。
防衛省は本来AAV7の採用に関しては、APCのみならず、指揮通信車と回収車も試験運用するはずでしたが、その到着を待たずに僅か半年で試験を端折って、AAV7の採用を決定しました。つまりAAV7がスタックしたときのことはまったく調査も試験もしていません。だからAAV7が擱座したときのことは全く分かりません。にも関わらず導入しました。

世間ではこういう決定のことを「無責任」、いうのですけども。

別に日中関係が極度に悪化したわけでもない(これは当時の小野寺大臣も岩田陸幕長も認めています)にもかかわらず、本来やるべき試験を怠って、「アメリカに言われたから」と、無理矢理早く導入しました。まるで昔の総督がいた時代のフィリピン軍みたいです。とても独立国の「軍隊」あるいは政府とは言えない決断をしました。というよりも決断なんかしないで、アメリカ様の言われたままに試験もしないで導入しました。これを決断とはいいません。

しかも発注され、一度も使用されなかった指揮通信車と回収車は調達される52輌のAAV7に組み入れられません。恐らく土浦の武器学校あたりで展示するでしょうが。
試験用に調達する装備が試験に使用されないのが分かっていて調達したのは犯罪的な税金の無駄使いです。これを会計検査院がなんでノーマークなのはぼくには全く理解できません。国会で証言もあったのに全く不思議な話です。

AAV7被災地までの戦略機動能力、自力で現場にたどり着くことは極めて困難です。
対して英海兵隊のバイキングはどうでしょう。水上航行能力はAAV7に比べて低いです。ですがこれはLCACやLSTなどで海岸近くまで運べば済む問題です。そして珊瑚礁も難なく踏破できます。この点遙かに優れています。
またC-130は勿論、チヌークによって空輸も可能です。さらにAAV7に比べて車体もコンパクトですし、そもそも不整地踏破能力は極めて高いわですから、島嶼防衛作戦は勿論、災害地への戦略機動能力、自力での移動能力も極めて高いものがあります。

災害にも有用ということを大声でアピールするならば、AAV7よりもバイキングやSTKのブロンコの方が余程有用です。また本来の島嶼においても然りです。

またバイキングやブロンコを採用するにしても装甲型を減らして、非装甲型を兵站用として採用ることも考慮すべきです。これらは装甲型に比べて軽く、輸送も更に楽になり、また運用コストも低くなります。
例えばこれらを30輌ぐらい消防庁か国交省あたりの予算で調達してはどうでしょうか。維持と運用を自衛隊退役者を再雇用した会社を作ってそこで行い、整備の予算は防衛省が持つ。これを有事には兵站車輌として自衛隊の部隊に組み込むというような話も考えるべきです。

そもそも自衛隊はかつてヘッグランド社の非装甲型を導入、運用してきた実績もあります。
その能力はよく分かっていると思います。

繰り返しますがAAV7の導入は間接的なエビデンスを見る限り、政治的な「天の声」があったではないかと思えます。しかも軍事的無能者の「天の声」です。無責任に調査を端折って役立たずの装備、しかも中古で十分だったのに、わざわざ新品を買いました。中古といってもリファブリッシュして新品同様になるのですが、「お古は嫌だ」と駄々をこねてお高い新品を調達したわけです。

その上52輌のAAV7は既存の海自の輸送艦では輸送できません。そうするとおおすみ級輸送艦はAAV7だけでいっぱいになって、本来必要な隊員や燃料、食料、弾薬などの物資、トラックや施設科の資材などを運べません。AAV7だけで揚陸作戦ができると思っているのであれば、お子様レベルの軍事知識です。DDHの輸送能力をすべて動員してもまともな揚陸作戦はできないでしょう。そして海自が将来導入する新型揚陸艦の詳細も全く決まっていません。なのに大量のAAV7を買ったのは見識が全く皆無なのか、首相官邸の「高いところ」からの強要があったのか、あるいはその両方だったのかもしれません。

こういう組織(防衛省、首相官邸)を優秀と評価すべきでしょうかねえ。今の大臣を見る限り、安倍首相に軍事的なセンス、知識があるとは到底思えません。右翼的な発言だけは得意出、軍事知識が欠如したチキンホークな人物を、チンチンが付いていない女性の子分というだけで防衛大臣にしたのでしょう。これを首相官邸では「女性の社会的活用」とかというのでしょう。
控えめにいっても当事者意識&能力が欠如しているとしか言いようがありません。

以下のような車輌も消防では採用されております。

消防仕様ベース車両 ARGO

新潟市消防局に配備されたARGOの操作説明に伺いました。

英空挺部隊ではこれと酷似したスパキャット社のスパキャットをかつて空挺用車輌として採用しました。不整地踏破性能が高く、搭載能力も大きく、水陸用です。

また南アフリカ陸軍の空挺部隊でもアルゴ社のシステムを採用した同様の8輪車輌、ゲッコーを採用しております。ゲッコーもスパキャットもトレーラーの牽引が可能です。

例えば第一空挺団でこのような車輌を採用するのも検討すべきではないでしょうか。既存の1/4トントラックや高機動車よりも遙かに高い踏破能力を有しており、災害派遣に有用であるだけではなく、水陸両用作戦にも使用が可能です。

更に申せば、陸自の装輪装甲車はすべて水陸両用機能を有しておりません。これはコマツの設計陣が我が国の河川は流れが速いから必要ない、といったことを陸幕が全く検証もしないで真に受けたからです。

陸自ではそのような検証を行っておりません。例えば96式装甲車などがAMVやピラーニャのように水陸両方機能を有していたら災害派遣も有効かもしれません。東日本大震災でももっと活躍したかもしれません。

このような思いつきや思い込みを鵜呑みにして、まともな検証も試験もしないで装備を開発・調達するのが陸自の悪いところです。これまた当事者能力と、当事者意識が欠けていると思いますが、如何でしょうか?

また給食に関して言えば野外炊事能力が極めて低い。陸自には中隊規模ようの牽引式炊事システムしかなく、被害死日本大震災では被災者には暖かい食事を振る舞いましたが、隊員は冷えた缶詰の飯を喰っていました。これをメディアは「美談」として紹介していましたが、まあ、アッツ島やガダルカナルでの玉砕=全滅の礼賛と同じセンスです。

単に兵站軽視で、隊員に無用な負荷かけているだけです。冬場の東北で暖かい飯も喰わずに、長時間過酷な作業を強要するのは犯罪的行為です。不思議なことにリベラルなメディアすらもこういう視点で報道しない。日の丸を振るような、自衛隊礼賛記事を書いてしまいます。リベラルって馬鹿という意味なんでしょうかねえ。

繰り返しますが、これは陸自の給食能力が低い、つまり幕僚監部の無能、無策の結果でしかありません。トルコやシンガポールですら有しているコンテナ式の給食、食堂システムも陸自にありません。アメリカ軍の10倍も高い機関銃買っていればそういうカネも出ないのは当たり前です。逆にまともな兵站を維持するならばそんな馬鹿高い装備は買えません。

このようなコンテナ式の給食システムは嵐など過酷な環境でも炊事や食事可能です。それは被災者にも恩恵がありますが、隊員の士気と能力を維持するためにも必要です。これはまたPKOなどでも非常に有用なシステムです。
まあ、陸幕装備部はそのような装備があることも知らないのでしょう。何しろウィキペディアを参照に資料を作る組織ですから。

防衛省はやたらに戦闘用装備が災害派遣などに役経つとアピールしますが、非常に言い訳がましいし、余計胡散臭くなります。必要なのは戦闘に有用であるかどうかが、第一であり災害派遣、民生協力に役に経つのはおまけです。

あたかも戦闘用災害派遣両用的な宣伝をするのはそれこそ自衛隊最高指揮官である安倍首相の嫌うところの「印象操作」であります。

それ以前に本来の目的にすら役に経たないクズのような装備を大金かけて「官邸の最高レベル」からの話だ、みたいにして押しつけたり、そのような話を真に受けて、税金の無駄使いをして、自衛隊を自ら弱体化させるような防衛省のあり方を変えるべきです。

Japan in Depth に以下の記事を寄稿しました。
海自ヘリ選定巡る下克上と内局 その1
海自ヘリ選定巡る下克上と内局 その2
海自ヘリ選定巡る下克上と内局 その3


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2017年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。