人が説得されるということは、誰か(説得者)に働きかけられて「自分の現状」を変えることです。店員さんに説得されてモノを買う時でも、もともと買う気のない状態から「買う」という状態に移るのです。具体的には、店員さんの働きかけにより、財布の中にある5000円を商品と交換するという変化が生まれるのです。
人間は、本来、保守的な性質を有しています。過去の人生で踏襲してきた経験知によって今まで生きて来れたという実績があるので、それを変えることに危機感や抵抗を感じるのです。
若者に比べて年長者の方が保守的と言われるのは、無事に生きてこられた年数が長いからでしょう。同じ経験値で20年生きてきた人と60年生きてきた人とでは、60年生きてきた人の方が過去の経験値を重んじるのが当然ですから。
このように、私たちは、多かれ少なかれ「自分に関する現状の変更」に対して抵抗を感じます。
では、どのような相手から働きかけられたら(説得されたら)、自分の現状を変更する決意がつくでしょう?
説得者が、「自分の置かれた状況や立場を理解してくれている相手」であることが最大の条件だと私は考えています。自分のことを何も理解していない相手から「ああしろ」「こうしろ」と言われても、誰も自発的に従おうとは思いませんよね。
逆に言えば、人を動かす(説得する)ためには、相手のことをしっかり理解しておくことと、「自分は理解されているんだ」と相手に知ってもらう必要があるのです。
以前、私は、県の地方労働委員会(現在の「労働委員会」)で公益委員をやっていました。労使双方の仲裁や斡旋をやる立場です。いささか自慢になりますが、私は他の公益委員の方々の何倍もの案件を極めて短時間でまとめることができました。
私が留意したのは、対立している双方の立場や意見を私が十分把握しているということを、きちんと明らかにすることでした。つまり、説得されようとしている人たちが、「自分の立場や考えを理解してくれている」と納得してもらうことに心を砕いたのです。
開始の時の第一声で、「今日は、暑い中ご足労いただきありがとうございました」と言うだけで、暑い思いをしてきた自分を理解してくれていると感じてくれます。
また、「労使双方のご意見はしっかり承りました」「使用者側のご意見は〇〇ということでよろしいでしょうか?付け加える点があればご遠慮無くおっしゃって下さい」というふうに要約代弁し、「私はあなたの意見はしっかり理解していますよ」という姿勢を示します。
このように、説得される側が、「自分たちの立場や考え方を納得してもらっている」と感じれば、驚くほど容易に和解案を受け入れてくれるものです。
よく、裁判官の和解勧告に怒りを表す依頼者がいますが、彼らの怒りのほどんどが「裁判官は、私の言ってることを何も理解していない!」というものです。当事者の話を聴くことを忘れ、意見を一方的に押し付けようとする裁判官の示す和解案は、(仮に客観的に妥当なものであっても)当事者は決して受け付けようとしません。
「説得の大前提として、相手の話に十分耳を傾けよう」
これは拙著「説得の戦略」でも書きましたが、最も基本的な原則です。
相手の言い分や意見にしっかり耳を傾け、相手の立場や考え方を理解せずして説得が功を奏するはずがありません。自分の持っている権限にモノを言わせて無理やり人を動かすことはできるでしょう。しかし、相手の言い分にしっかり耳を傾け理解することなしに、相手を自発的に動かすことは決してできません。
とかく自分ばかりが話をしているという自覚をお持ちの方は、くれぐれもご留意下さい。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。