文民統制と民主主義;米司令官は核攻撃するのかの問いにどう答えたのか?

中村 祐輔

米国とオーストラリアの軍事演習後に、オーストラリア国立大学で開催されたカンファレンスに臨んだ米国太平洋艦隊司令官は、「トランプ大統領が中国を核攻撃せよと命令した場合、攻撃するのか?」という仮定の問いに対して「イエス」と答えた。「民主主義の手続きに則って選ばれた国のトップの指令に従うことがシビリアンコントロール(文民統制)だ」とAP通信が伝えた。

“Every member of the U.S. military has sworn an oath to defend the constitution of the United States against all enemies foreign and domestic and to obey the officers and the president of the United States as commander and chief appointed over us”

という発言が掲載されている。

核攻撃の命令を受けた場合の答えが注目されたスコット・H・スウィフト太平洋艦隊司令官(米太平洋艦隊公式サイト:編集部)

仮定の質問には答えないと言ってかわすことができたはずだが、民主主義国家での文民統制のあるべき姿を見事に表現した言葉だ。フェイクニュースと言ってメディアを攻撃し、司法長官までツイッターで批判して顰蹙を買っている大統領であっても、民主主義のルールに沿って選ばれ、軍を指揮する責任を付託された人物に従うのが基本的なルールだ。当たり前だと思う。

しかし、自衛隊の幹部が、この司令官のような発言をすれば、左翼系メディアの格好の餌食になるに違いない。国会では、言った言わないの論争に時間を費やし、その評価が新聞社によって「白と黒」くらいの違いがあるのは、結局は書き手の色眼鏡の色によって決まっているからだろう。赤いサングラスで白い紙を見て、赤色と言い張る記者に、私も痛い目にあった。メディアは事実を公正に伝える義務があるはずだが、米国と同様に二つの事実(Alternative Facts)が存在するという奇妙な現象が続いている。

話を戻すが、国の最高責任者を選ぶ時に、有事の際にその人が国を守る責任を果たせるかどうかを考える日本人がどのくらいいるのだろうか?日本は「言霊の国」だから、悪いことを思い浮かべない所から考えを組み立てていくので、そんな発想をして投票所に行くのは難しいのかもしれない。

それにしても、民主主義の手続きによって選ばれた内閣総理大臣が憲法改正を議論したいと発言することのどこに問題があるのか、私には全く理解できない。戦争が起こって欲しくないと願うことと、もし、主権が侵された場合にどのように準備するのかは別次元の話である。安倍総理率いる自民党に過半数を大きく上回る議席を託したのは日本国民のはずだが、どうも雲行きが怪しくなってきた。

民主党政権時に起こった尖閣列島沖での事件では、隣国との対立を恐れ、当時の内閣が相手に非があったことを隠そうとしたのは記憶に新しい。もしもの備えをすることの何が悪いのか?自衛隊を憲法に明記することは、文民統制を明確にすることになるのではないのか?ましてや、災害時の自衛隊の活動には頭が下がる思いだし、はっきりとした市民権を与えることに対して、どこに問題があるのだ。

残念ながら、野党には、国を守るためにどうするのかという基本コンセプトに合意がない。「安倍政権を打倒するために協力しよう」などやくざの抗争に近いメンタリティーだと思う。国のあるべき姿が一致してこその選挙協力ではないのか?安倍政権を打倒してから、次の方針を決めようなど無責任極まりない。昔流行ったぼやき漫才ではないが「責任者でてこい」と言いたい心境だ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。