共和党保守派の夢が潰えたトランプ政権
2017年7月最終週、オバマケア廃止・見直しの上院採決での否決、税制改革から国境税調整の除去(≒恒久的な大減税の放棄)など、共和党保守派の夢であった2つの改革案は政治的に葬り去られることになりました。もちろん連邦議会での共和党主流派・保守派の両派の戦力は均衡していることから、両案が恙なく成立する可能性は低かったものの、本年の議会内闘争は共和党主流派の勝利でほぼ完全に決着がついた形となります。
トランプ大統領はオバマケア廃止・見直し及び国境税調整の導入による大減税について、党内の取りまとめに向けて自ら積極的な指導力を発揮せず、ペンス副大統領、プリーバス首席補佐官(更迭)、議会共和党指導部に調整を任せきりとし、保守派有権者から連邦議会に課された責務である重要法案でほぼ何も成果を上げることができず、徒に時を過ごすことになりました。
共和党の連邦議員の中には、スーザン・コリンズ上院議員を始めとした名ばかり共和党員(党議拘束が無い米国では事実上民主党と同じ投票行動を行う共和党議員が存在)、ジョン・マケイン上院議員などトランプ大統領と人間的な確執を抱えた連邦議員、移民政策や国境税調整で対立する大富豪のコーク氏の影響下にあるリバタリアン系議員(保守派の一部)など、共和党の野心的なプランを実行する上での阻害要因は多数存在していました。
これらの障害を乗り越えるためにトランプ大統領のリーダシップが必要不可欠でしたが、その指導力は行使されることなく、上記の案を推進してきた共和党保守派の政治的な野望は事実上とん挫することになりました。そのため、既に共和党内からはトランプ大統領の指導力不足に対する不満が噴出し始める状況となっています。トランプ大統領は大統領本選時に分裂する党内で保守派からの支持を辛うじて得ることで勝利を手にした人物であり、トランプ大統領の同政策の実現に対する熱意の無さは支持者に対する裏切りだと看做される可能性があります。
トランプ大統領のお友達人事VS共和党生え抜き勢力の確執
アンソニー・スカラムッチ広報部長が大統領直属人事として発表されるとともに、ショーン・スパイサー報道官は辞任し、広報部長の上位職にあたるラインス・プリーバス首席補佐官が更迭されることになりました。スパイサー報道官もプリーバス首席補佐官も共和党の党官僚であり、共和党関係者との円滑なパイプ役として期待された人物です。
特に、プリーバス首席補佐官は下院のポール・ライアン議長と懇意であり、ワシントンのエスタブリッシュメントの一員とみなされがちであるものの、前職の共和党全国委員会委員長を巡る選挙では保守派の票をまとめ上げて党組織のトップに就いた人材でした。そのため、同氏の更迭はトランプ大統領が想定している以上に後々ボディーブローのように影響を及ぼすものとなると思います。
(なお、ポール・ライアン下院議長は3月のオバマケア廃止・見直し失敗、自らが推進してきた国境税調整撤回で、トランプ大統領に政治的に恥をかかされた形となっています。)
一方、現在のホワイトハウスはトランプ一族(クシュナー上級顧問、イヴァンカ・トランプ)、そして彼らがNYから連れてきたムニューチン財務長官、ゲーリー・コーン国家経済会議議長など、共和党保守派から遠く離れた元民主党などリベラルな傾向を持つ人々によって実質的に牛耳られています。前述のスカラムッチ氏の広報本部長就任に伴うドタバタは、トランプ大統領が自身の周辺を自らのお友達人事によって固めようとしている証左と言えます。そして、これらのトランプ人事を共和党関係者が快く受け入れているわけがありません。
トランプ大統領と共和党関係者(特に保守派)の人間関係は細る一方であり、トランプ大統領による共和党保守派からの信任が厚いセッションズ司法長官への侮辱が公然と行われる一方、共和党議員からロシアゲート問題の絡みでクシュナー上級顧問のホワイトハウスのセキュリティー・クリアランスを取り上げるべきだという主張が出てくるなど、トランプ大統領の不安定な政治的ポジションは更に危うくなるものと思われます。トランプ周辺人物に対するモラー特別検察官や上下両院の委員会による調査は継続しています。
2018年中間選挙とトランプ政権の見通しは極めて不安定なものに
トランプ大統領の支持率は、政策的な停滞にも関わらず比較的好調を維持している米国経済、共和党保守派をはじめとした「共和党の大統領」を支持する層からの厚い支持によって35~40%程度で下げ止まりつつある状況でした。
しかし、トランプ大統領による経済政策(主に減税政策)が冒頭の2つの失敗の結果として財源不足に陥ることで極めて小規模なものに落ち着きそうなこと、反党的な共和党生え抜きの人々を明らかに敵対視する人事を行っていること、などから、同支持率が今後も維持できるかどうかは極めて疑問だと言えます。まして、経済政策の縮小は2018年・中間選挙前の景気の腰砕けに繋がる可能性もあり、中間選挙における共和党過半数割れも現実のものとなってきました。共和党議員らは何らかの減税政策の成案と予算の通過に精力を傾けるものの、トランプ大統領への不信感は心の中に強烈に根を下ろしたはずです。
ホワイトハウス内ではペンス副大統領とスティーブ・バノン首席戦略官の立場が益々難しくなることが予測されますが、もしかすると、上記の一連の流れはペンス副大統領にとっては想定の範囲内の出来事である可能性もあります。ペンス副大統領側近で議会対策責任者であるマーク・シュート氏はコーク財団系のリバタリアン団体であるFreedom Partnersの元代表であり、国境税調整撤回に先立って同案に反対するコーク財団系のイベントにムニューチン財務長官と出席していました。つまり、ペンス副大統領は自らが恒久的な大規模減税を望むゴリゴリの保守派であるにも関わらず、保守派の一部に過ぎないリバタリアン系の動きに配慮して国境税調整撤回を事実上黙認したと考えるべきでしょう。
今後、トランプ大統領がトランプ一族及び党内主流派に傾斜していく一方、ペンス副大統領は一時的に苦しい立場に置かれるものの、今まで以上に党内保守派からの期待を一身に引き受ける状態となっていくでしょう。共和党保守派はオバマケア廃止・見直しと恒久的な大減税を放棄したトランプ大統領の代わりとなる政治的シンボルを探すことになるからです。その際、本来は生粋のレーガン保守派であると同時に、保守派内の反トランプであるリバタリアン系ともパイプが太いペンス副大統領はトランプ以後の受け皿として十分に期待できることになります。
ロシアゲート問題を抱えるトランプ大統領の政治的足場は極めて不安定であり、トランプ大統領に対して明らかに熱意を失っていくであろう保守的な共和党員からの支持を繋ぎ止められるか否かは、トランプ大統領の弾劾の可否も含めて極めて重要な要素になります。したがって、保守派のほぼ唯一のホワイトハウスの窓口となるペンス副大統領がトランプ大統領の生殺与奪権を握る状況が生まれることになります。トランプ大統領は目の前の些事に振り回されて対局を失ったと言っても過言ではありません。
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