クラウド・ビジネスと特許ポートフォリオ

玉井 克哉

マイクロソフト本社(Amit Chattopadhyay/flickr:編集部)

先日気になったロイターの記事で、アマゾンが「同社のクラウド上で運営されるサービスで顧客が特許権侵害で訴えられた場合に顧客を保護する新しいポリシー」を導入した、というものがあった。アマゾンがあまり宣伝していないため中身によくわからない点があるが、他の英文記事によると、同社のクラウド・サービスを利用したために第三者から知的財産権侵害で訴えられた場合に「お客様をお守りします」というもののようだ。敗訴して損害賠償義務を負ったときにアマゾンが肩代わりしてくれるという条項もあるらしい。

こうしたアマゾンの動きは、マイクロソフト(MS)に追随したものだ。2017年2月に同社は、クラウド・サービス「アジュール(Azure)」の顧客であれば誰でも利用できるパッケージを発表した。アマゾンの発表の直後、グーグルもクラウド・プラットフォームの内容として、アマゾンと同様、知的財産権侵害で訴えられた場合の肩代わり(indemnification)を約束する規約を導入した(2017年7月24日最終改訂の規約)。

クラウドという新しい技術に社会が適応するには、こうした動きは必要なものだ。企業が社内で行っていた作業をクラウドに移しただけで、第三者の特許権を侵害するということはありうる。というより、クラウドに特化した特許権をあらかじめ巧妙に仕込んでおき、移行した個々の顧客企業を訴えるというのが、米国で猖獗を極める「パテント・トロール」の戦略だと見られる(FTの記事)。

これまで、その主要なターゲットは、アマゾン、MS、グーグル、それにアップルなど、技術志向型の大企業だった。だが、そうした企業は何度も痛い目に遭わされ、特許権侵害で訴えられるのに慣れてきている。それに比べると、情報技術に通じていない顧客は、良いカモになるかもしれない。顧客の側から見ると、クラウドを使ったがために高額の損害賠償を取られるリスクがあったのでは、安心してサービスを使うことはできないことになる。2017年6月、ウォルマートがアマゾンからMSに乗り換えたことが話題になったが、今回アマゾンがMSに追随したのは、それがきっかけだったのかもしれない。

この動きで先行するMSは、現時点で最も包括的なパッケージを提供している。

そこでは、知的財産権侵害で顧客が第三者から訴えられた場合に、①損害賠償義務の無制限の肩代わりをするほか、②MSが保有する1万もの特許権リストから1つを選んで防禦用に取得でき、さらに③かつてMSが保有していた特許権すべてについてライセンスを受けられる、といったことが謳われている(英文FAQ参照)。

②は、訴えの取り下げを条件にライセンスの提供を申し出て、応じなければこちらからも逆に訴える、ということに使えるだろう。また③は、かつてMSが譲渡した特許権が第三者の手に渡ったときでも、MSにはライセンスを与える権利が残っており、それを供与すれば訴えられることはない、といった効果を目指したものだろう。

注目すべきなのは、単に損害賠償の肩代わりを約束する①と違い、MSの保有している知財ポートフォリオに応じて②と③の値打ちが変わる、ということだ。防禦用の特許権を取得できるとかMSの保有したことのある特許権全部のライセンスを受けられるといっても、その中身が貧弱だったのでは、ほとんど意味がない。そうしたパッケージが有用になるのは、強力な特許権をMSが網羅している場合である。

もしそうであれば、クラウド・サービスには、他者から知的財産権侵害で訴えられた場合の避難所を提供するという意味が加わることになる。そしてそのためには、日ごろから研究開発に投資をし、強力な特許権を仕入れて、防禦パッケージを顧客にとって魅力的なものにすることが必要になるだろう。

アマゾンやグーグルが、単なる損害賠償の肩代わりを超えてMSに追随するかどうかは、現時点ではわからない。だがもしかすると、クラウドには、訴訟の被告になることを防ぐ同盟軍といった意味が加わるかもしれない。そして、頼りになる同盟軍を目指して技術ポートフォリオを充実させるための競争をサービス提供者が展開するのであれば、大いに歓迎すべきことである。


玉井克哉 東京大学教授(先端研)
1961年生まれ。1983年東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、学習院大学助教授、東京大学法学部助教授を経て、1997年より現職。知的財産法・行政法専攻。2013年弁護士登録。2016年より信州大学教授兼任。