ウクライナで生まれ、史上最年少の19歳で名門・英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルとなったセルゲイ・ポルーニン。だが2年後の2012年、人気絶頂にもかかわらずバレエ団を電撃退団し国内外のメディアやファンを騒然とさせる。様々な憶測が飛び交う中、ポルーニンは、ミュージックビデオ出演で再び脚光を浴びることになり、さらなる注目を集めていく。映画は、才能を持て余す異端のダンサーの素顔にせまっていく…。
ウクライナ出身で、ヌレエフの再来と謳われる天才バレエダンサー、セルゲイ・ポルーニンの素顔に迫るドキュメンタリー「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」。近年、バレエ団やダンサーを描くドキュメンタリー映画は人気だが、本作で取り扱うセルゲイ・ポルーニンは、かなり異色のダンサーだ。伝統を重んじるノーブルな印象があるバレエ界で、タトゥーだらけの肉体は、大胆すぎる。(というか、バレエダンサーでもタトゥーは許されるんだ…と初めて知った)さらに端正なルックスと鮮やかに対比するパワフルなそのダンス・パフォーマンスは、この人が野獣と形容されるのも納得できる。
本人や友人、関係者のインタビューから、浮かび上がるのは、貧しい幼少期、両親の離婚で苦しんだ生い立ちだ。とりわけ、自分のせいで家族が壊れたという罪悪感に苛まれる姿が痛々しい。だが踊ることでしか彼は解放されないという哀しい現実も。「夢は全て叶えた。今は普通の人生が欲しい」とは本人の言葉だが、セルゲイ・ポルーニンは“普通”というにはあまりにも圧倒的な才能があり、それは容易に封印できるものではないのだ。写真家で、映画「ライズ」の監督でもあるデヴィッド・ラシャペルが撮ったホージアのヒット曲「Take Me To Church」のミュージックビデオが有名で、そのパフォーマンスは一度見たら忘れられないものだ。この人はバレエダンサーという枠を超えたアーティストなのである。だがこのMVで、踊り終わった後のポルーニンの、苦悩と恍惚の入り混じったような表情がずっと気になっていた。ポルーニンが渇望していたのは家族の再生と愛だったのだ。バレエに興味がない人が見ても、思わず引き込まれる魅力を持っている映画である。
【60点】
(原題「DANCER」)
(英・米/スティーヴン・カンター監督/セルゲイ・ポルーニン、イーゴリ・ゼレンスキー、モニカ・メイソン、他)
(孤独度:★★★★☆)
この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年8月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。