欧州サッカー・クラブ界と「資本主義」

長谷川 良

FCバルセロナのネイマール選手がフランスのリーグ・アンのパリ・サンジェルマンFC(PSG)に移籍した。その移籍金が2億2200万ユーロだったことが明らかになり、世界のサッカー界は驚いた。これまで最高の移籍金はイングランド・プレミアリーグのマンチェスターユナイテッドFCに移籍したポール・ポグバ選手で1億500万ユーロだ。ネイマール選手の移籍金はその2倍以上だ。

▲ネイマール選手の移籍金問題を論じる独週刊誌「シュピーゲル」

PSGは2011年、カタール・スポーツ・インベストメント(QSI)がクラブの株式を購入し、筆頭株主はタミーム首長の友人、ナーセル・アル・ヘライフィ会長だ。カタールがクラブ・オーナーとなって以来、豊富な資金で次々とスター選手を獲得、チームを強化していった。その結果、2012年から4年連続リーグ優勝(通算6回目)し、チャンピオンリーグの常連に定着していった。投資は成果をもたらしたわけだ。

「資本主義を学びたければ欧州のプロサッカークラブを見ればいい」という声が聞かれる。金を有するクラブがクラブ運営が厳しい他チームから優秀な選手を次々と獲得し、チームを補強する。その結果、資金力のあるチームは益々強くなり、選手を手放さなければならないチームとの差は年々、大きくなる。

資金を有する会社が他の会社を買収し、その会社が持つノウハウなどを吸収し、益々大きな会社へと成長していく。現代の資本主義社会を見渡せば、珍しいことではない。その意味で、欧州のプロ・サッカー界の移籍市場は典型的な資本主義の原則に立脚して機能しているわけだ。

ところで、せっかく優秀な選手に成長した若手プレイヤーを移籍で失うチームの監督は心が穏やかではない。しかし、クラブ側は資金が必要だから移籍金を提示したクラブに選手を手放す。選手も高い移籍金を提供するチームに行けば、給料がアップし、選手キャリアにもいい。

最近は、クラブ側が移籍を拒否しても、選手が移籍を希望するケースが増えている。クラブ側と選手の労使紛争だ。チームが選手を手放したくないのでオファーを断る、するとオファーを受けた選手はもはやチームで働く気持ちを失い、トレーニングにも力が入らない。トレーニングに姿を見せない選手が出てきた。例えば、ドイツのブンデスリーガのボルシア・ドルトムントで現在、FCバルセロナ移籍問題でMFウスマン・デンベレ選手とクラブ間で関係がこじれている。

サッカー専門家たちは、「ネイマールの移籍金はモラルの問題ではない。資金のあるチームは将来性のある選手を手に入れる。一方、選手を手放したチームはリーグ戦で苦戦せざるを得なくなる。そこで若手選手の育成に力を入れるチームもあるが、その若手選手が成長すれば、資金力のあるチームに高い移籍金で手放す。そのサイクルだ。資金力のないチームは豊かな資金力を有するクラブの若手育成の教育クラブ、下請けクラブとなってしまっている」というのだ。

移籍問題では一応、クラブの赤字経営禁止を目的に2013~14年シーズンから施行された“ファイナンシャル・フェアプレー”と呼ばれる一定の規制があるが、実際は余り機能していない。

▲24年間の選手生活をASローマでプレイしたイタリアの名選手トッティ(2002年夏、オーストリアのキャンプで撮影)

欧州のプロサッカー界に投資するのはカタールだけではない。英サッカーのプレミアリーグの名門チェルシーFCのオーナーはロシアのオリガルヒ、ロマン・アブラモヴィッチ氏だ。中国の商業不動産大手の大連万達集団(ワンダ・グループ)はスペインのサッカークラブ、アトレチコ・マドリードの株式20%を取得。中国スーパーリーグには欧州の一流選手が次々とスカウトされている、といった具合だ。カタール、ロシア、中国といったサッカー界では後進国が欧州のプロサッカー界にその豊かな資金を投資し、クラブや選手を次々と買い取っているのだ。

欧州サッカー界でも例外的な出来事も起きている。2つの実例を紹介する。

①イタリアの名選手、フランチェスコ・トッティ選手(40)は16歳でASローマに入団して今年5月まで24年間、同じクラブでプレイを続け、今年5月、引退を表明した。クラブもファンも選手を離さなかったのだ。中国や欧州の強豪チームから誘いがあったが、全て断ってきた。それほどクラブ、選手、そしてファンの3者の繋がりは強かったわけだ。

②イングランドのサッカーのプレミアリーグで2部降格の危機にあったレスター・シティーFCが2015~16年シーズン、チーム創設133年にして初めてプレミアリーグの覇者となった。このコラム欄でも「レスターはサッカー界を変えた!」(2016年5月9日参考)で紹介済みだ。リーグがスタートした直後、レスターがチェルシーFC、マンチェスター・ユナイテッドFCなど強豪がひしめく世界最高リーグで勝利すると考えたサッカー・ファンはいなかった。同チームの優勝を予想した人がいたとすれば、サッカーを全く知らない人間だけだった。レスターにはスーパースターと言われる選手はいない。クラウディオ・ラニエリ監督(64)のもと、選手たちが結束して“レスターの奇跡”を起こしたのだ。

独週刊誌シュピーゲル(8月5日号)は「富豪家たちの権利」という見出しで、「ブラジル代表の25歳の青年、ネイマール選手にどれだけの価値があるかは別として、同選手の高額移籍金問題は欧州サッカー界に大きな波紋を呼び起こすだろう」と予想している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。