スイスのリゾート地での「出来事」

スイス日刊紙ターゲス・アンツアイガー(15日付)によると、同国のグラウビュンデン州のリゾート地、アローザ(人口約3200人)の旅行者用アパートメントハウスでユダヤ人客向けの注意書が反ユダヤ主義だとしてイスラエル側から激しい批判を受け、経営者のホテル側が急きょ、注意書を外すなど対応に追われている。以下は、ターゲス・アンツアイガー紙の記事に基づく。

▲スイスのリゾート地アローザ(スイス政府観光局公式サイトから)

▲スイスのリゾート地アローザ(スイス政府観光局公式サイトから)

問題の注意書は英語で書かれ、「ユダヤ人ゲストへ」とわざわざ名指しで書かれている。一つは「プールに入る前と後には必ずシャワーを浴びるように」と記され、もう一つは「冷凍ボックスは決まった時間にだけ利用するように」と警告しているのだ。

同旅行者用ハウスには毎年、多くのゲストがイスラエルから訪れる。同注意書を読んだイスラエル人客が本国のテレビ局に連絡したことから、この注意書は大きな反響を呼び、英国、フランス、イタリアなどの欧州メディアでも報道される“事件”になったのだ。

イスラエルのツィピ・ホトベリ外務次官は14日、「これは明らかに最悪のタイプの反ユダヤ主義的行動だ」と激しく批判し、スイス駐在のイスラエルのヤコブ・カイダル(Jacob Keidar)大使に連絡。同大使は直ぐにスイスのディディエ・ビュルカルテ外相に事態の解明を強く要請したというのだ。ホトベリ次官は、「残念なことだが、欧州では反ユダヤ主義が広がっている。スイスの出来事はこのことを端的に物語っている」と述べている。
ちなみに、スイス国内のユダヤ人たちも「注意書の内容は容認されない」とイスラエル側の反応に同調し、スイス側に対策を求めている。

事態がスイス・イスラエル両国間の政治問題にまで発展したことに、事件発祥地のホテルはビックリ、「これは誤解だ」と弁明する一方、問題の2枚の注意書きについては、「注意書の表現が確かに良くなかった」と認め、即撤去するなどの対応に乗り出したばかりだ。

ホテル側の説明では、注意書のような事態は実際起きており、ユダヤ人ゲストがシャワーを浴びず、プールに入ったり、Tシャツでプールに入るゲストもいたことから、他のゲストから苦情があったという。冷凍ボックスの件では、本来はホテル側が管理しているもので、ゲストの使用は認めていない。ただし、ユダヤ人客だけには一定の時間、使用を認めていたという。

イスラエルからのゲストはホテル側にとっては常連客だけに、ホテル側は「今回のことで経済的ダメージが生じなければいいが……」と神経質になっているという。

スイスで2009年11月29日、イスラム寺院のミナレット(塔)建設を禁止すべきかを問う国民投票が実施され、禁止賛成約57%、反対約43%で可決された。その後、スイス南部のティチーノ州で2013年9月22日、ブルカや二カブなど体全体を隠す服の着用禁止の是非を問う住民投票が行われ、州国民の約65%が「公共の道路、広場で顔を隠してはならない。また、性別に基づいて他者に顔を隠すように強制してはならない」というブルカ着用禁止を支持するなど、スイスではここにきて急速に外国人(他宗教)への排斥傾向が強まってきている。

欧州では2015年以来、中東・北アフリカからイスラム系難民・移民が殺到したが、彼らの多くは反ユダヤ主義の教育を受けて成長したイスラム教徒だ。それだけに、難民の欧州定着が進めば、欧州で反ユダヤ主義が拡大する、といった懸念がユダヤ人側には強い。アルプスのリゾート地での出来事は細やかなものかもしれないが、ユダヤ人がそれを黙認しないのはそれなりの理由があるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年8月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。