ナシーム・ニコラス・タレブは、金融トレーダーの実践家から大学の研究者に転身し、2007年以降のアメリカ発の世界金融危機を予告した本『ブラック・スワン』が世界でベストセラーになりました。
彼の新しい本は、「もろさの反対」という意味の『反脆弱性(上・下)』というタイトルです。ひと言で表せば、「エリート主導の社会は、弱者の不安定という犠牲の上に強者の安定を実現する不公平な構造でもろいため、社会の一人ひとりが身銭を切って小さな失敗を糧にしながら変動に強くなるように変わるべき」という内容といえます。
詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である。
著者は、弱者を助けるために「何かしなければ」と社会の仕組みをつくる立場にある人たちが、結果として弱者を傷つけ、強者をいっそう強くしており、自分たちは結果に対してリスクも負わなければ身銭を切ることもない、ときびしく批判しています。
タレブの批判の対象には、一生安泰の公務員、官僚、政治家、学術研究者、マスメディア、広告業界、医学界、製薬会社、食品・飲料メーカー、コンサルタント、銀行、ヘッジ・ファンド、大企業の幹部、大企業の従業員、などが挙げられています。
このなかの民間部門が「いっそう強くされている強者」にあたると考えられますが、強者を強くしている政府の介入や政策、また社会の仕組みとは、株価や為替などの見えやすい指標に影響を与える金融緩和、“大きくてつぶせない”一部の企業を優遇する企業救済、中間層の特権を強化する解雇規制や参入規制、いっこうに減らない国の借金と未来の世代への先送り、大企業に便宜を図るロビイスト、などのことです。
こうした指摘自体は新しいものではなく、タレブがたびたび言及しているフリードリヒ・ハイエクは、1944年に出版されたベストセラー『隷属への道』で、「保障という特権が社会を毒していく」こと、つまり、政府による善意のおせっかいが「地位の安定した生産グループの構成員による、そうでないグループに属する弱い、不運な人々に対する搾取」という結果をもたらしていることについて、次のように説明しています。
このような制限によって硬直化してしまった社会で、保護された職業の外部に置き去りにされた人々が、どれほど希望の持てない立場に立たされるか。また、そういった人々と、うまく仕事にありついて、競争から保護されているがゆえに、仕事のない人々に場を与えるため少しなりとも席を詰めようとする必要がない人との間に、どれだけ大きなギャップが横たわっているか。それは実際に苦境を経験したことのない人にはわからないものだ。
この「保護された職業」でよくみられる現象としてタレブは、金儲けや自分の職業の正当化のために、毎日空く紙面を満たすかのように生みだされる商品・サービス、ニュース、研究(広い意味でのジャンク・フード)が増えることを挙げ、その取りすぎ・読みすぎは「私たちの身体を混乱させる」と注意喚起しています。
アンフェア化する社会の脆さに関するタレブの見解がおおむね正しいとした場合、彼のいう「詐欺師」とは、指摘されるような側面がいまの社会にあることを感じていながら、何らかの理由で声をあげるのをためらってきた人すべてを指すのでしょう。
では、アンフェア化する社会の原因と解決策としては、どのようなものが考えられるのでしょうか?次回以降は、その原因と解決策について順番に見ていきたいと思います。