ゲアハルト・シュレーダー前独首相(73歳、首相任期1998年10月~2005年11月)が訪韓し、文在寅大統領と会見する一方、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問し、そこで日本の歴史問題に対する対応を批判し、韓国国民の歓迎を受けた。聯合ニュース(日本語版)が12日、報じた。
どの国のどの人物が訪韓し、日本の過去問題を言及したとしても、その人物の権利であり、それをわざわざ批判する気はないが、その人物がシュレーダー独前首相と聞くと、やはり黙っておれない。
先ず、聯合ニュースからシュレーダー氏の言動を簡単に紹介する。
①韓国の文在寅大統領は12日、ドイツのシュレーダー前首相と会談し、「ドイツは過去の歴史に対する真の反省により、過去の問題を理解し、未来に進むことができた」と評価する一方、「まだわれわれは過去の問題を完全に解決できてはいない」と話した。
文大統領はまた、シュレーダー氏が前日、「ナヌムの家」を訪問し、李玉善さんら被害者と面会したことに触れ、被害者を慰め、過去の歴史の問題に関心を示したことに感謝の意を伝えた。
②シュレーダー前首相は11日、「ナヌムの家」を訪問し、李玉善さんら被害者と面会した。
シュレーダー氏は、「残酷な戦争の犠牲になった方々に対し、日本が謝罪できれば歴史に対する責任意識があることを表明するものと言えるが、まだ勇気を出すことができないでいるようだ」と述べ、日本の対応について批判的な見解を示した。さらに、「被害者が望んでいるのは復讐や憎悪によるものではなく、日本が歴史的にあったことを認め謝罪することだけだと聞いた」とし、それが実現することを願うと伝えた。
文大統領が、「過去の問題が完全に解決されていない」と嘆くのは韓国大統領の立場からみれば不思議ではない。日韓両外相(岸田文雄外相と尹炳世韓国外相=いずれも当時)は2015年12月28日、慰安婦問題の解決で合意に達し、両政府による合意事項の履行を前提に、「この問題が最終的、不可逆的に解決することを確認する」と表明した。それに対し、文大統領は機会ある度に「慰安婦問題の日韓合意は国民の総意を反映していない」と主張してきた経緯がある。
問題はシュレーダー氏だ。慰安婦問題について語るのならば、2015年12月の「日韓合意」内容について知らなければならないし、その合意未履行は韓国側の国内事情によるものであることを理解すべきだ。また、日韓の過去問題に言及するならば、日韓請求権協定で解決済みの問題を政権交代ごとに蒸し返してきた韓国の統治能力を糾弾すべきだ。シュレーダー氏は日韓の歴史問題について初歩的な知識に欠けている。
同氏は、「日本が謝罪できれば歴史に対する責任意識があることを表明すると言えるが、まだ勇気を出すことができないようだ」と述べたが、韓国で政権が変わる度に日本の歴代首相は「謝罪」表明を強いられてきた歴史を知らないのか。
シュレーダー氏はまた、韓国国会が慰安婦被害者をノーベル平和賞の候補に推薦する案を推進していることにも言及し、「十分に資格があり積極的に支持する」と語った。ここまでくるとリップサービスというより、無知だ。
一つのエピソードを紹介する。3人の娘さんと姪をイスラエルの砲撃で失ったパレスチナ人医師イゼルディン・アブエライシュ氏(現トロント大学助教授)と会見する機会があったが、同氏は、「憎悪はがん細胞のようなもので、それは体内で繁殖し、最終的には憎悪する人を亡ぼしてしまう。憎悪は大きな病だ」と指摘し、「過去の囚人となってはならない」と警告した。具体的には、同氏は3人の娘さんを慰霊するために中東女性たちへの奨学金基金を設置し、勉学を目指す中東の若い女性たちを支援しようと決意したという(「憎しみは自らを亡ぼす病だ」2014年5月14日を参考)。憎悪を輸出する慰安婦像設置運動は平和賞から最も遠い活動と言わざるを得ない。
以下、2点だけ指摘したい。先ず、シュレーダー氏だ。同氏はドイツ社会民主党(SPD)内では依然親分格だ。党内に大きな影響を行使しているが、問題が多い。政権引退後、ロシアのプーチン大統領の個人顧問となるばかりか、ロシアの大手企業の幹部に就任し、高額の給料を得ている。もちろん、ただではない。それなりの仕事が要求される。
例えば、ロシアがウクライナのクリミア半島を併合した時、ロシアを最初に擁護したのがシュレーダー氏だ。欧州連合(EU)のウクライナ政策を批判し、「EUはクリミア半島の危機を煽っている」、「EUはクリミア半島の地勢学的な状況への理解に欠けている」と批判し、ロシアのプーチン大統領を支持した人物だ(「なぜプーチン氏を擁護するのか」2014年3月29日参考)。ドイツの社民党内でもシュレーダー氏の言動には批判が出てきている。シュルツ新党首はシュレーダー氏とは明らかに距離を置いている一人だ。
もう1点は韓国側の姿勢だ。シュレーダー氏を大歓迎し、「日本はドイツに見習え」という檄を飛ばす韓国側は、ドイツの戦後の歴史を少しは学ぶべきだろう。
例を挙げる。ヨアヒム・ガウク独大統領(当時)は2014年3月7日、第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が民間人を虐殺したギリシャ北西部のリギアデス村(Ligiades)の慰霊碑を訪問し、ドイツ軍の蛮行に謝罪を表明したが、同大統領の演説が終わると、リギアデスの生存者たちは「公平と賠償」と書かれたポスターを掲げ、「大統領の謝罪はまったく意味がない。われわれにとって必要なことは具体的な賠償だ」と叫び出した。
ドイツ政府はこれまで「賠償問題は戦後直後、解決済み」という立場を堅持してきた。日本は戦後、サンフランシスコ平和条約に基づいて戦後賠償問題は2カ国間の国家補償を実施して完了済みだが、第1次、第2次の2つの世界大戦の敗戦国となったドイツの場合、過去の賠償問題は日本より複雑だ。ドイツの場合、国家補償ではなく、ナチス軍の被害者に対する個別補償が中心だ。ギリシャではドイツに対して戦後賠償を要求する声が依然強いのだ。
中国の王毅外相は2014年3月8日、「日本は第2次世界大戦後のドイツを手本とすべきだ。ドイツはナチス軍時代の蛮行を謝罪しているが、日本は戦後秩序の修正に乗り出している」と日本を批判した。しかし、戦後70年が過ぎたが、ドイツも犠牲国側の要求や批判に対し、その対応に苦慮している、というのが現実だ(「ギリシャの『要求』とドイツの『対応』」2015年4月9日参考)、(「『独は歴史問題を解決済み』は嘘だ」2015年3月15日参考)。
最近では、ポーランドでドイツに対して戦争賠償金要求の声が出てきている。ワシチコフスキ外相は今月4日、ドイツに対し、第2次世界大戦時のナチス・ドイツ軍のポーランド侵攻で1兆ドルを超える被害があったとし、賠償金を暗に請求。ドイツ側はポーランドが戦後、賠償請求権を放棄したとして、その請求を拒否している、といった具合だ。
最後に、少し穿った見方をすれば、シュレーダー氏は、ロシアのプーチン大統領から「北朝鮮の核・ミサイル開発問題で日韓の結束を崩すため両国の歴史問題に火を点けるように」という秘密指令を受けてきたのではないか。
興味深い点は、聯合ニュースの記事には、誰がシュレーダー氏をソウルに招き、なぜ「ナヌムの家」を訪れたのか、その肝心のホスト名について何も記していないことだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。