我がビットコイン敗戦記:希望と絶望、熱狂と興奮の日々に感謝

何というか、実に濃い2ヶ月間だった。損したけど、最高に面白い日々だった。何の話かというと、ビッドコインの件だ。この夏、新たに始めた取り組みで。痛い思いもしたけれど、絶頂とどん底、希望と絶望を全て味わったのだった。

ビットコインの口座を開設したきっかけは、VALUで得たビットコインを受け取るためだった。VALUではその時のレートで日本円で三桁万円のビットコインを得た。何も分からないまま、そのまま日本円に換金したのだが、今思うと、1ヶ月程度は寝かしておけば、倍くらいになっていたのだろう。

その後、自分でもお金をつぎ込んでいた。ちょうど娘が生まれた頃であり。泣き声で起きて、世話をしては、アプリで確認する日々だった。よくメディアで「ビットコイン暴騰(暴落)」という記事を見たが、日々、そんな感じで。メディアの言う暴騰(暴落)っていつのだよといつもつっこんでいた。

だんだん、コツがわかり、押し目買いなどをしてみたり。暴落時には、やや理性を欠いて損切りをしたり。

そして9月に入ってからは中国での取引所閉鎖などの報道や、JPモルガンCEOの発言などがあり。ここ数日の暴落で(ほぼ)撤退を決意した。

一時、含み益が結構な額になっており。普通の同世代サラリーマンの手取りを大きく超えるくらいの利益が出ていたが。何段階かで吹っ飛び。いま口座をみたら、年間トータルで4万円弱のマイナス。いや、いい勉強だったと思う。これくらいの損ですんだのだから。飲み会8回分くらいか。

ただ、22、3年前くらいにインターネットを初めて使った時のような、あるいはSNSが出始めで盛り上がりまくった時のような、そんな熱狂と混沌を久々に体験できたような。実に新鮮な体験だった。前述したように、暴騰と暴落を繰り返したし、分裂騒動や規制騒動など、この期間でこれだけ起こるかという。濃い体験だった。ミサイル問題などで株式市場や為替が混乱する中、その分、ビットコインに注目が集まる的な動きもあったし。ここ数日の何かが終わった感を体験できたときは、諸々ダメージもあったが、これもまた得難い経験だった。

もっとも、仮想通貨は、投資(投機)対象としての側面と、決済手段としての側面と、ブロックチェーンという技術、というように分けて議論しなくてはならず。投資(投機)対象としてのバブルは一段落した感じだが、今後また何があるか分からないし。決済手段、テクノロジーという視点では今後も要注目だと思っている。

素人が手を出して失敗した事例をまた作ってしまったが、この熱狂と興奮、喜怒哀楽はなかなか得難いものだった。Twitterのフォロワーの方に、ビットコインとかVALUの話をツイートするとファンが逃げていくぞと言われたことがあり。あぁ、この2ヶ月くらい、まともじゃなかったな。いや、私なりに勉強でもあり、さらには娘の将来のためとも思ったのだ。

ちゃんと仕事しよう、家庭に貢献しようという気分になっている。甲子園で、砂を集めているかのような気分だ。よい社会勉強だった。ありがとう。


最新作、よろしくね。生活がかかっている。うん、同じ儲けでも、増刷による印税が一番うれしいなぁ。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年9月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。