愛人契約とクリーンハンズの原則

荘司 雅彦

法律を少しかじったことのある人なら誰でも知っているのが、民法90条です。同条は次のように規定しています。

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

本条の「法律行為」というのは法律効果を発生させる行為のことで、契約などが典型です。
対義語(?)は「事実行為」といい、単に物を動かしたりするというように「法律効果」が生じない行為を指します。

「公の秩序又は善良の風俗に反する」とは公序良俗違反と略され、典型的な例として借金返済のために売春をさせることや妾契約などが挙げられます。

売春契約も公序良俗違反になるので、「2万円で売春をする」という契約も本条によって無効です。
ですから、売春行為後に「2万円を払って下さい」と請求しても、無効な契約なので(法的には)支払い義務はありません。それを知っているからか、それとも後で「金がない」と言われるのが困るからか、売春や風俗は必ず前払いにしているはずです。

先般、「アッコちゃんの時代」(林真理子著、新潮社)を読んでいたら、若い女性に多額の贅沢をさせたバブル紳士が、(別れたあとで)使ったお金を返せと請求してくるという噂話が出ていました。

何百万(場合によっては千万単位?)もの海外旅行やアクセサリー、宝石等々をおねだりして「バイバイ」となったのですから、「返せ」と言いたい気持ちもわかります。ここでは民法708条が問題となります。同条は以下のように規定しています。

不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りではない。

つまり、妻子あるバブル紳士が、不貞行為を続ける目的で若い女性に宝石等を贈与した場合は、贈与契約が公序良俗違反で無効だからといって「返せ」ということはできません。自ら手を汚した人間を法は手助けしないという趣旨で「クリーンハンズの原則」と呼ばれています。

では、本書の主人公のアッコちゃんのように、バブル紳士の名義のマンションに住んでいて、「愛人契約を継続する目的で住まわせたのだから、裁判に訴えて私を追い出すことはクリーンハンズの原則に反する」と主張できるでしょうか?物語で、アッコちゃんは自発的に出ていったので法的トラブルにはなっていませんが…。

もしかしたら類似の判例があるかもしれませんが、私の勉強不足で知りません。そこで、私なりに考えると次のようになります。

まず、マンションの登記名義はバブル紳士にあり所有権もバブル紳士にあります(「このマンションをお前にあげる」という約束でもしない限り)。

バブル紳士としては、自分の所有物件に他人が住んでいるということで明け渡し請求をします。
それに対し、アッコちゃんは「自分を住まわせたのは”不法な原因に基づく給付”だから返還(明け渡し)請求できない」と主張できるでしょうか?

思うに、「住まわせる」という事実行為を「給付」と解釈するのは無理があるので、アッコちゃんの主張は認められず退去を余儀なくされるでしょう。

贈与としてあげた宝石は「返せ」とは言えませんが、住まわせたマンションからは「出て行け」と言えるのはバランスを失するようにも感じます。しかし、宝石のような動産は実際に相手に渡すことで終局的に贈与が完了しますが、「単に住まわせた」という事実行為だけではマンションを終局的に処分したことにはなりません。

かように、事実行為の範囲内であれば、クリーンハンズの原則には抜け道がありそうです。
もし悪事を企んでいる人がやってみて失敗しても、私は責任は負いかねます。私は悪事には手を貸しませんので(笑)


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。