今日、午後4時からワシントン大学(セントルイス)のSchreiber教授のセミナーがあった。タイトルがPersonalized Immunotherapyだったので、時差ボケと闘いながら講演を聞きに行った。2-3年前にもシカゴ大学で講演したことがあったが、魅力的なタイトルに惹かれて猛烈な睡魔と闘っていた。しかし、正直なところ、少しがっかりだった。途中、ワシントン大学では計画中のものも含め、9臓器のがんでネオアンチゲン療法の臨床試験が進行中である、1例目は非常に効果があったと発言があったので、次のスライドに期待したが、最後まで患者さんのデータは紹介されずに終わった。
最後の方は、流行りのシングルセルシークエンス(ひとつひとつの細胞単位のDNA解析・RNA解析)だった。生物学的には面白いのだろうが、私には医学的・臨床的には無駄なもののように思えてならない。マウスは非常に純系化されているし(遺伝的多様性は人に比べて格段に小さい)、非常に強力ながん特異的抗原を利用すれば再現性の高い実験結果が得られるだろう。しかし、人間はとてつもなく多様性に富んでいる上に、常に病原体などに晒されているので、免疫系の多様性はさらに高くなっている。個別化免疫療法は、この多様性を極めなければならないはずだ。
以前、紹介したことがあるが、ペットショップで売られているマウスと、大学などの非常にきれいな環境で飼育されているマウスでは、免疫に関係する細胞は大きく異なっている。また、がん細胞で認められる遺伝子異常は個々の患者ごとに異なっている。そして、細胞一つ一つを分けて、いろいろな操作をしている間に、様々な人工的な要因が加わっていくので、本当に生体内にある条件を観察しているのかどうかはなはだ疑問だ。培養しているがん細胞でも、バラバラな状態と、細胞と細胞が接着している条件では、働いている遺伝子が大きく変化する。そして、温度が変化すれば、それに応じて働きを変える遺伝子も知られている。
と、他人の研究に口出しをしても詮無いことだ。やはり、9臓器(脳腫瘍、乳がん、肺がん、膵臓がん、膀胱がん、腎がん、肺がん、前立腺がん、あとひとつは思い出せない)で臨床試験が進んでいるという現実は衝撃的だ。私の記憶では乳がんは100例以上に投与されているとのことだ。とにかく、科学的に妥当で、患者さんの役に立つことを積極的に進めていくのが、米国だ。
日本で、役所・医師・研究者に任せていても、四の五のと理屈を並べて足を引っ張りあうだけだ。昨日も触れたが、患者さん自身が求めない限り、この閉塞した状況の打開はできない。患者さんの期待・希望を絶望に変えるのは、もうたくさんだと思っても、私とその仲間だけでは壁を打ち破ることは不可能だ。規制当局、権威の壁(自分の栄誉しか頭にない研究者が多すぎるのだ)に加え、日本には、質の悪い正義を振りかざす馬鹿メディアがいる。自分が馬鹿と思っていない馬鹿記者が多いのだ。ノーベル賞の予想など、どうでもいいことをしている暇があったら、もっと現実の課題を取り上げて欲しいものだ。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。