動機なき大量殺人は考えられるか

人はなんらかの考え、目的をもってそれを実行に移す、目的や動機もなく行動する人はいない、と考えられてきた。本当だろうか。米ネバダ州ラスベガスで1日夜、ステファン・パドック容疑者(64)は宿泊先の高級ホテル「マンダレイ・ベイ・リゾート・カジノ」の32階から野外音楽フェステイバルに向かって銃乱射し、58人を殺害し、500人以上に傷を負わせた。事件は米犯罪史上、最悪の銃乱射事件となった。ラスベガス警察によると、容疑者の犯行動機は未だ解明されていないという。

▲事件の舞台となった高級ホテル「マンダレイ・ベイ・リゾート・カジノ」(ウィキぺディアから)

事件の全容を整理するためこれまでの報道内容、公表された捜査情報をまとめてみた。

①イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)説
ISが犯行直後の2日、アマク通信を通じて、「ISの兵士が行った」と犯行声明を発表した。メディア報道によれば、容疑者は数か月前にイスラム教に改宗していたという。
捜査関係者は、「イスラム過激テロに関連する物証や証言は見つかっていない」と説明。現時点では、ISの犯行声明の信頼性が疑われている。ISが全く根拠のないフェイクニュースを流したとすれば、今後、ISの犯行声明の信ぴょう性がなくなる。ISがそのような危険を冒してまでフェイクの犯行声明を公表するだろうか、という疑問が出てくる。

②極左組織「アンティファ(反ファシスト)」メンバー説。
米保守系情報サイトが流してきた犯行説だ。カントリーミュージックが披露され、米国の愛国的な歌、神の加護に感謝を示す歌が主流のコンサートだった。そこで容疑者はカントリーソングを聴くために集まった愛国主義的な国民を無差別的に殺害したという説だ。

③「精神疾患説」
容疑者は犯行数日前にホテルに入り、犯行準備をしていた形跡がある。犯行に使う自動小銃をホテル関係者に気付かれないように部屋に運び込む一方、窓を割るためにハンマーを準備するなど、犯行は計画的であり、衝動的ではないことは明らかだ。そこで64歳の白人の容疑者の精神疾患説が出てくる。
捜査当局によると、容疑者と同居していいたフィリピン人の女性は、「容疑者は親切で穏やかだった」と証言。容疑者は犯行の1週間前、フィリピンの銀行口座に10万ドルを送金していた。その行動には一見、揺れがない。

④銃マニア、カジノ狂説。容疑者が銃マニアであり、賭け事に凝っていたことはほぼ間違いないが、それが大量犯行とどのように結び付くかが不明だ。巨額の借金があったとは聞かない。容疑者は中産階級に所属する白人で2件のハウスを所有。容疑者はカジノの常連客で、実弟によると、「時には25万ドルを稼いだと喜んでいた」という。

現時点では、①と②を裏付ける証拠は見つかっていない一方、③が次第に有力視されてきた。ただし、容疑者が自殺してしまった今、それを証明する情報を集めることは極めて難しいだろう。
容疑者が過去、精神科に通っていたとか、関連の薬物を摂取していたなら、容疑者の病歴をフォローできるが、それらの関連情報がなければ、容疑者の精神世界を垣間見ることは難しい。

以上は、捜査段階で浮上した主要な犯行動機だ。当方はそれ以外に2、3の動機を考えている。

⑤麻薬の影響だ。
イスラム過激テロリストが麻薬の影響下で自爆するケ―スが多いという。その代表的な麻薬はカプタゴンだ。神経刺激薬フェネチリン(Fenethylin)の商品名だ。サウジなどアラブ諸国でよく利用されている麻薬。
ラスベガス捜査当局は容疑者の麻薬歴などを調査しただろう。メディアに流れてこないところをみると、麻薬説は希薄かもしれないが、完全には消去できない(「自爆テロはカプタゴン(麻薬)の影響」2017年7月8日参考)。

⑥トランプ大統領の「悪魔」説
トランプ大統領はラスベガスの銃乱射事件を知った直後、「私たちの絆は悪魔によって引き裂かれはしない」と述べている。これは容疑者の犯行を表現した大統領独自のレトリックだが、当方は大統領の発言に関心がある。日本語でも「魔が差した」という表現があるように、悪(悪魔)は実際存在するからだ。悪魔の存在を神の存在以上に信じない人にとって荒唐無稽な話だが、そうとはいえないのではないか。一部のメディアでは、事件発生直前、銃乱射事件を予言したかのような女性の発言が流れた。

⑦カミュの不条理説
アルベール・カミュの小説「異邦人」の主人公、ムルソーの証言だ。彼は友人の事件に巻き込まれ、アラブ人を殺した。裁判でその犯行動機を問われた時、ムルソーは「太陽が眩しかったからだ」と答えたという話は有名だ(「モーセの十戒『汝、人を殺すなかれ』」2017年8月1日参考)。ラスベガスの容疑者は計画的に犯行を準備している。ムルソーのような犯行動機は考えられないが、人は自然環境に影響され、動かされる存在だ。

アンネシュ・ベーリング・ブレイビクは2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。そしてフランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近で昨年7月14日、チュニジア出身の31歳のテロリストがトラックで群衆に向かって暴走し、86人が犠牲となった。両事件は犠牲者の数で欧州犯罪史に残る犯罪だが、動機は明確だった。それが不明だということは、ラスベガスの銃乱射事件の犠牲者、家族関係者にとって、やり切れないことだろう。

人は関係存在であり、社会的存在だ。必ず、容疑者の犯行動機を裏付ける何らかの繋がりが浮かび上がってくるはずだ。捜査関係者の健闘を期待する。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年10月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。