中国の政治を理解するための視点⑦

9月の新学期とともに校内の雰囲気が変わった。見慣れた旧4年生が去り、新顔の新入生がどっとあふれた。隣接する敷地に広東省・イスラエル理工大学が開校したのに合わせ、周囲の店舗はみな看板を統一し、英語名も標記するようになった。同大の新設は、汕頭大学の創始者である李嘉誠氏が誘致した国家プロジェクトである。科学技術振興の国家目標を担う人材育成が期待されている。

キャンパス内には、「第19回党大会を祝う」と書かれた巨大な看板も登場しているが、目を向ける学生はいない。2000キロ以上離れた首都・北京で行われる政治イベントは、南方の学生たちにとって、距離以上に縁遠い話である。

むしろ目を引くのは、今期からお目見えしたシェア自転車の小さな広告だ。

中国では、どこでも乗り捨てられるシェア自転車の市場が急速に拡大し、企業の新規参入が相次いでいる。携帯さえあれば時間制で利用でき、格安なので若者に人気だ。そこで新入生をターゲットにし、かごに「入学歓迎」のプレートを付けたシェア自転車が大学内に登場した。大した商魂である。

市場規模の大きい中国は、シェアリング経済にとって格好の実験場だ。すでに、携帯のアプリを活用し、自家用車をタクシーに転用するビジネスはすっかり定着した。お金のある学生は、街に出るにもこうした「白タク」を頻繁に利用している。

中国のシェアリング自転車も、米国のフェイスブックと同様、大学生の起業による。政府は、学生時代からイノベーション精神を養うよう各種支援プロジェクトを導入しており、学内でも、「創新(イノベーション)」が合言葉のように飛び交っている。上から無理やり押しつけてもすぐにはうまくゆかないが、今後、キャンパスからまた思わぬビジネスが生まれるかも知れない。

中国は、共同作業を重んじる農村社会の伝統に加え、社会主義の公有制概念が入り込み、もともとシェアリングに対して抵抗感が小さい。限られた権利を守ろうと権利意識が余計に強い反面、ものの共有には無頓着なのだ。飛行機で雑誌を読んでいると、隣の席から「ちょっと見せて」と声をかけられるし、街角でたばこの火を借りるのも普通の光景だ。

もちろん、それが公私の峻別や知的財産の保護に対する意識を弱め、コピー天国の状況を生む土壌となっているわけだが、シェアリング経済にはプラスの面もある。ネット動画サイトは、無料視聴に集まる大量のアクセスによって、広告を得るビジネスモデルが構築され、独自制作のドラマが相次ぎヒットしている。製作費を抑えるため、名前だけでバカ高いギャラを要求するアイドルは使えないが、その分、内容の勝負となっている。ソフトパワーの強化、多様化のためには好ましい方向だ。

市場化がどんどん拡大し、企業間競争は熾烈を極めている。学生の労働市場も例外ではない。大学進学率はすでに4割を超えた。人口が多く、産業の高度化が教育水準の向上に追い付かないため、先端業界の就業チャンスをめぐって激しい奪い合いが起きる。

日本のように新卒を対象に、各業界が足並みをそろえて採用活動をする画一的な慣行はない。キャリアと経験を見て、各企業が不定期に人材を募る。日本の大学年が海外留学をし、帰国したら就職活動シーズンが終わっていたので卒業を先延ばしせざるを得ない、といったばかげた事態は起きない。

一方、私のもとには4年生から、欧米や香港への留学推薦状を書いてほしいというリクエストがひっきりなしに来る。進学が主目的ではない。学部卒の学歴ではよりよい就職先を得るのに不十分なのだ。世界の大学に中国人学生があふれている事情もよくわかる。競争に明け暮れる学生たちを気の毒に思うが、厳しい現実の中で、彼らはしたたかに生きようとしている。

卒業したばかりの社会人一年生の中には、わずか数か月だが、自分の能力と仕事のミスマッチを感じ、転職を考えている者もいる。終身雇用の慣行がなく、労働市場が流動的なので、勤務先の変更には全く抵抗がない。むしろ、条件が良ければ職場を移るのが当然だとの考えが一般的だ。

日本のように職場の人間関係に翻弄されるストレスはないが、イノベーションによる業界の変化が激しいため、新たな技術を磨かなければ淘汰されるリスクと背中合わせだ。逆に、豊富な経験を積めば、あちこちからふさわしい役職のオファーが来る。北京や上海などの大都市には、こうした社会環境でしのぎを削っている若者たちがたくさんいる。

第19回党大会に際し、メディアによって「習近平による集権化」が進行する中国像を刷り込まれた日本人にとって、「独裁」と過酷な競争社会が併存する複雑な社会は不可解に見えるだろう。だが、これが真実なのだ。過去の閉鎖社会とは違って、党大会で決まった文言が、国の方向を決めるわけではない。庶民の目線に立たないと、一国の姿は見えてこない。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年10月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。