中国の政治を理解するための視点⑪

加藤 隆則

「紅二代」の核心として君臨する習近平の姿が見えてきた。長期政権になることは必至だ。

中国共産党の第19回全国代表大会が24日閉幕し、25日に行われる最初の会議で新たな最高指導部メンバーが決まる。注目すべきは、人事の決め方と王岐山党中央規律検査委員会書記の退任が持つ意味である。

土壇場まで確定的な情報が流れてこなかった。派閥間の駆け引きがあれば、それぞれの思惑も含め、一定の確度を持った名簿リストが流れるものだが、今回は多くの情報通も「すべては習近平の胸の内」と漏らした。本来であれば発言権を持つはずの江沢民元総書記や胡錦濤前総書記も、自分の腹心たちが相次ぎ腐敗問題で失脚し、沈黙を強いられた。

反腐敗キャンペーンを通じて権力を掌握した習近平総書記が、長老の顔色を窺うことなく、自分の思い通りに次期政権を運営できる布陣を敷いたとみるべきだろう。特に軍部については、元トップ二人をはじめ多数の主要幹部を摘発し、強権を知らしめた。権力の源泉である軍の掌握はまた、軍部に多い革命世代の二代目「紅二代」を掌握することでもある。習近平政権の強みは、父親の習仲勲から受け継いだ、党の正統性を担う紅二代の広範な支持にあるのだ。

軍の反腐敗を後押ししたのが、劉少奇元国家主席の息子・劉源(元人民解放軍総後勤部政治委員)である。高度経済成長の陰に隠れ、軍紀の乱れは公然の秘密となっていた。歴代の指導者は、反発を恐れ見て見ぬふりをするどころか、歓心を得るため多額の予算を垂れ流してきた。胡錦濤はメスを入れようとしたが、トップまでが腐敗にまみれている状態で、頑強な抵抗にあった。

そこで劉源がたまりかね、公式の会議で居合わせた軍幹部を目の前に、「腐敗と反腐敗の激しい対立があれば、必然的に党内闘争が起きる。腐敗した人間とは団結だけを語るわけにはゆかない」と叱責した。劉源は紅二代のリーダー格であり、元国家主席の父を持つ高い権威がある。その発言は重い。習近平が2010年10月、中央軍事委副主席に就任して3か月後、軍事科学院から後勤部に異動している。習近平と劉源はともに紅二代を率いるキーパーソンであり、党内腐敗には強い危機感を共有している。

大きな功績を残した劉源を軍の最高指導部に推す声も出たが、習近平政権が誕生し、軍内の反腐敗に道筋が敷かれると、劉源はあっさり軍職を退き、全国人民代表大会の閑職に就いた。もし劉源が残れば軍内での影響力がますます大きくなり、いずれは習近平と衝突する危険が生じる。そうなれば紅二代が分裂し、権力闘争に発展する可能性が出る。こうした事態を避けるため、権力のバランス感覚が働いたのだ。

王岐山の引退も同じロジックである。王岐山もエリート技術者の家庭に育ち、義父は姚依林元副首相で、紅二代の代表的存在だ。規律検査委書記として、彼の手腕と実績は常務委員の中でも突出していることは、だれしもが認めている。本来、党内には「68歳定年制」の不文律があり、王岐山はすでに69歳だが、彼に匹敵する人物がいないため、しばしば続投説がささやかれてきた。

だが、必要以上に王岐山を持ち上げる風潮に対しては、習近平サイドが強く警戒してきた。紅二代の両雄が並び立つ状態は、劉源の際と同様、好ましくない。しかも常務委員の最高指導部内である。党内分裂によるリスクは非常に大きい。内部分裂を引き起こす政治的意図をもって、王岐山続投説を流しているのではないかとの疑心暗鬼さえもあった。

もちろん、中国の実業家、郭文貴がアメリカに亡命し、王岐山ファミリーにまつわるスキャンダルを暴露したことも多少は影響しているだろう。だが、メディアの監視や選挙のある民主国家とは違うので、外部からの情報戦では政権を揺さぶるのに十分ではない。決定的な要因はやはり、党支配の存続、強化を共通認識とする紅二代のバランス感覚である。

王岐山の引退で、紅二代としては習近平一人が残り、革命ファミリーたちの支持を一手に担うことになる。19回党大会の政治活動報告では、新たに法治国家建設を推進する党中央の国指導グループ設立も宣言された。二期目は法制、法治が主要課題になる。習近平のいう「新時代」の中身が問われる正念場となるだろう。あと5年の任期では足りないに違いない。党関係者の多くは3期目続投を視野に入れている。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年10月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。