有園雄一さんから2017年アドテック東京のカンファレンスに誘われて「2019年のテレビメディア – ネット同時配信の影響」というテーマで、よく知ったメンバーと話しました。
今回は、冒頭で「テレビの現状」について私がいくつかのグラフを作成して説明しました。あやぶろでも今まで何度か出てきたことのあるグラフですが、改めてテレビの置かれた状況を把握するのに役立つと思い、あやぶろに書くことにしました。アドテックでは5分ほどしか時間がなかったのでさらっと簡単に説明しましたが、グラフ一つからでもいろいろなことが見てとれます。そこであやぶろでは思いっきり考察を広げ、何回かに分けてテレビの現状を見ていきます。
アドテックでのメインテーマ「テレビ放送の同時配信」は丁寧に書かなければならない深いテーマなので、別にポストを書こうと思っています。
まず、在京キー局5社の年度平均視聴率の推移です。
2005年度から2016年度までの、各局の各年度の全日、G帯(ゴールデンタイム)、P帯(プライムタイム)の平均視聴率の平均、つまり合計して5で割った数値の変化を見てみます。
2011年度以外は、ずっと下がり続けています。プライムタイムでは2005年度に平均12.2%でしたが2016年度は9.3%と3ポイント下がり、下落率はマイナス24.2%、つまり11年間で4分の1下がってしまいました。
視聴率が下がり始めた当初は、一時的な現象でいずれ下げ止まるだろうなどと希望的な意見が大半でしたが、毎年毎年、数字は下がる一方です。それどころかこの3年間は、下げ方の勢いが増えているくらいで、下げ止まる様子は見えません。
この11年間に何があったのでしょうか、インターネットやテレビなどでの出来事をこのグラフに重ねてみました。
2005年度には、フジテレビやTBSがVODサービスを開始しました。過去に放送したドラマなどを有料で動画配信するサービスです。日本テレビは「第2日本テレビ」という動画配信サービスを開始しましたが、こちらは過去の番組よりもオリジナル番組に力を入れており、フジテレビやTBSとは違った方向を目指していました。
また、当時フジテレビの親会社だったニッポン放送に買収をかけたライブドアの堀江貴文社長が逮捕され、株価が暴落するライブドアショックが発生しました。
2006年度には、TBSの株を買い集めた楽天がTBSに対し経営統合を申し入れました。しかしこの後導入された認定放送持株会社制度によって、放送局の買収が事実上不可能になりました。ライブドアと楽天が相次いでテレビ局を買収しようとしたのは、テレビ局を持てば大きなプラス効果があると踏んだからです。この頃のテレビにはまだまだ強い影響力がありました。この時点ではテレビの視聴率がこの先こんなに下がっていくとは誰も想像できなかったでしょう。
2006年度には他にも出来事がありました。ワンセグ放送が大きな期待を込められてスタートしました。対応する携帯電話も多数発売されました。どれくらい使われているのでしょうか。
全国でワンセグが放送されるようになってから1年後の2007年の年末に行われたNHKの調査では、ワンセグ対応機の保有割合は23%、そのうち視聴経験があるのが79%と全体の18%となっていました。やはりワンセグ放送が始まり盛り上がっている頃なので、対応機を持っている人の8割が利用していました。ただしこの時点ではスマートフォンはまだ誕生する前ですから携帯電話は全てがガラケーです。
その7年後の2014年の電通総研の調査では、ワンセグ対応機を保有している人は48.4%、そのうちワンセグ放送の視聴経験のある人は44%で全体の中では21.4%です。対応機の保有率が半分にも満たないのは、人気スマホのアップルのiPhoneがワンセグに対応していないせいもあるのでしょう。7年間で対応機の保有割合は増えたものの、その中で実際に視聴している人の割合はかなり減っていて、ワンセグを視聴する人の数はわずかに増えただけです。
さらに2006年度には、米国でTwitterがサービスを開始したり、GoogleがYouTubeを買収した他、ドワンゴがニコニコ動画をスタートさせました。YouTubeもニコニコ動画もUGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)と言われ、ユーザーが動画を投稿するサイトです。その後、ユーザーが急増して急速に規模を拡大し、ユーザーがアップロードした著作権を侵害する違法動画や、音楽の扱いが大きな問題になってゆきます。
2007年度は、セカンドライフが大ブームになりました。またミクシィのユーザーが急激に増えています。
2008年度には、TwitterとFacebookの日本語版が相次いでサービスを開始し、SNS(ソーシャルネットワークサービス)という言葉が使われるようになりました。
そして7月にようやく初のスマートフォンであるアップルのiPhoneが日本でも発売されました。今はあって当然、ないととても困るスマホですが、世の中に登場したのはわずか9年前のことです。またリーマンショックにより株価が大暴落して、テレビ広告費が翌年にかけて大きく減少しました。
2009年度に、携帯ゲームのモバゲータウン(DeNAが運営)とグリーのユーザー数が共に1500万人を超え、その後、急激に増えていきます。
2010年度には、ミクシィの会員数が2000万人を突破、ニコニコ動画が課金制の導入の効果もあり初の黒字化を達成しました。
年末にチュニジアで起きたジャスミン革命を発端に、SNS(ソーシャルネットワーク)の普及を背景にしたアラブの春と呼ばれる反政府デモなどの騒乱が2012年にかけてアラブ各地に広がりました。
2011年度にもいろいろありました。3月11日に、東日本大震災が発生しました。この11年間でこの年だけ視聴率はわずかですが増えますが、これはおそらく震災の影響だと考えられます。
6月にはLINEがサービスを開始、若年層の間で急速に普及していきました。
7月に、地デジ化(テレビ地上波放送のデジタル化)が完了し、首都圏ではテレビ局のチャンネルが変更になりました。日本テレビ、TBS、フジテレビはそのまま4ch、6ch、8chですが、テレビ朝日は10chから5chに、テレビ東京は12chから7chになりました。その結果、新聞のテレビ欄でフジテレビは一番右端に追いやられ、視聴率低迷の要因とも言われるようになります。
9月に米国でテレビ局が中心になって行なっている動画配信サービスであるHuluが日本に上陸しました。しかし思ったようにユーザー数が増えず苦戦します。
2012年度にはFacebookのユーザー数が全世界で10億人を突破しました。
2013年度は、5月にハフィントン・ポスト日本版が創刊しました。9月には、NHKがハイブリッドキャストを開始し、その後各民放も実施していきます。
2014年度には、4月にHuluが日本での事業を日本テレビ売却しました。Huluには他の民放も番組を提供していましたが、その後もこれは継続されています。
また4月にはLINEの登録ユーザーが4億人突破し、アジアを中心とした世界市場に広がってゆきます。8月にはニュースのキュレーションサービスであるスマートニュースが36億円をグリーやミクシィなどの出資で調達しました。ニュースサイトとしてはグノシーもユーザーを拡大しています。
2015年度は、8月にニコニコ動画の会員数5000万人を突破し有料会員数は250万人を超えました。またFacebookの1日の利用者が10億人を超えました。
動画配信サービスでも大きな動きがありました。
9月にはAmazonがプライムビデオ開始しました。ネット通販のアマゾンプライムの会員であれば年間会費3900円に追加料金なしで、様々な動画を視聴できるというもので、利用者が急増します。
そして10月、米国初の動画配信サービスの巨人、Netflixが日本に上陸しました。フジテレビがオリジナルのドラマやリアリティーショーといった番組を提供し大きな話題になりました。
さらに10月、在京キー局5社による共同の見逃し視聴サービス、TVerがサービスを開始しました。無料・動画広告というビジネスモデルで、当初は視聴できる番組数が少なかったものの、その後次々と番組を投入し急速にユーザー数を増やし、翌年12月にはダウンロード数が500万を超えました。
2016年度には、4月にAbema TVが開局しました。サイバーエージェントとテレビ朝日の共同事業で、放送型の無料の動画配信サービスです。半年でダウンロード数が1000万を超えるなどユーザー数は増えていますが、コンテンツ制作や調達にコストがかかり黒字化までの道のりは長そうです。
10月にタイムシフト視聴率の測定が開始しました。日本で視聴率測定をしているビデオリサーチ社によるもので、録画視聴の実態がついに判明しました。その年の秋に話題になったドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は10月26日放送の回で、リアルタイム視聴率12.5%に対し、タイムシフト試聴率はそれを上回る13.7%を獲得しました。また、タイムシフト視聴率上位30番組の平均値を計算すると、リアルタイム視聴率が9.7%に対し、タイムシフト視聴を加えた総合視聴率は14.6%とおよそ1.5倍の数値となっています。
2017年 10月9日(月)~10月15日(日)の総合視聴率ベスト10
直近の2017年 10月9日(月)~10月15日(日)のリアルタイム視聴率とタイムシフト視聴率を足し合わせた(重複は除く)総合視聴率ベスト10のうち、20%を超えた番組は7つです。まだテレビ番組にはパワーがあると感じます。特にプライムタイムのドラマは録画視聴の割合が高く、ベスト10番組全体では総合視聴率はリアルタイム視聴率の1.28倍ですが、プライムタイムのドラマでは平均1.62倍と、夜のドラマは録画視聴の割合が多くなっています。一方、バラエティ&情報番組では1.07倍となっており、バラエティや情報系番組ではリアルタイム視聴がされやすいという傾向が明らかです。つまり見たいドラマとバラエティがバッティングしていると、リアルタイムではバラエティ番組を見て、ドラマは録画しておいて後でゆっくり見るというのが一般的なようです。
そして12月にはHuluの会員数が150万人を突破しました。
この11年間の出来事を、NHKも含めた在京キー局別のゴールデンタイムの年度平均視聴率にも当てはめてみました。
全体的に右肩下がりになっています。3年連続で視聴率3冠王となった日本テレビでさえ視聴率を上げているのではなく、下げていないだけです。テレビ朝日は12年度に1位になりましたが、その後は4年連続で下落しています。TBSは2005年度から4年間、大きく下げた後は下げ止まっています。
そして11年間を通じて大きく視聴率を下げたのがフジテレビです。2005年度にはダントツ1位14.3%だったのが昨年度は8.0%、下落率はマイナス44.1%と、なんと半分近くまで下がってしまいました。特に先にも述べたように、2011年度の地デジ化の際に新聞のテレビ欄でフジテレビは一番右端になってしまいましたが、その後の1年間で1.6ポイントと激しく下落しています。これだけがフジテレビ不振の原因ではないでしょうが、チャンネルの変更のダメージはかなり大きかったのではないでしょうか。しかしその後もフジテレビの視聴率の下落はとどまる様子が見えず、深刻な事態が続いています。16年度はフジテレビのひとつ上位のTBSの差は1.8ポイント、ひとつ下位のテレビ東京の差は1.5ポイントでした。このままいけば数年後には、フジテレビはテレビ東京にも抜かれ民放最下位になるかもしれません。
フジテレビの不調とは対照的に、NHKの好調が目立ちます。NHKのゴールデンタイム視聴率は、2005年度は4位でしたが、2008年度には1位に迫る高視聴率を出し、その後は徐々に下げたもののここ数年は下げ止まり、好調だった2016年度は再び2位に返り咲きました。
2016年度はNHKだけが躍進した年でした。
ゴールデンタイムの視聴率を上期・下期別に前年同期と比べてみました。
2016年度G帯視聴率の上期下期別前年差
民放では好調と言われている日本テレビやテレビ朝日でさえ前年より下げ、TBSだけがなんとか踏みとどまっているのに対し、NHKの好調ぶりが顕著です。
実はこの現象は、昨年度の第1四半期の視聴率が出た段階で注目されていました。G帯でNHKが日本テレビを抜き、わずか0.1%の差ですが1位になったのです。NHK内部では昨年春の編成で、「クローズアップ現代」を19時半から22時に、「ためしてガッテン」を19時半に移行するなどの大きな改編が成功したという分析もあったようです。しかし下期になると前年と同水準に落ち込みました。改編の影響ならば下期も前年比増が続くはずですから、NHKの上期の好調はそれだけが原因ではないようです。では昨年上期に何があったのでしょう。
昨年4月には熊本地震、7月には参院選挙、都知事選挙、8月にはリオデジャネイロオリンピック開催などがありました。つまりNHKの16年度の好調ぶりは、春の大改編など内的な要因よりも、災害やニュース、オリンピックなど上期に集中した外的要因によるものではないかと分析できます。
アドテックでお見せしたグラフはこの他にもまだあるのですが、長くなりましたのでまた改めて書くことにします。
編集部より:この記事は、あやぶろ編集長、氏家夏彦氏(元TBS関連会社社長)のブログ2017年10月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はあやぶろをご覧ください。