シリア難民「オオカミがやってくる」

昔は悪戯する子供に対し、「悪いことをしたら、オオカミがくるよ」といって脅かしたというが、シリア出身の難民の家庭では今、「悪いことをしたら、セバスティアンがくるよ」といって脅かすという。オーストリア移民社会の雑誌「ビーバー」(秋季号)が報じた内容だ。表紙のタイトルは「難民の悪夢」、副題は「シリア人はセバスティアンにビクビクしている」というのだ。セバスティアンとは、セバスティアン・クルツ外相のことであり、オーストリアの次期首相最有力の政治家だ。

▲シリア人難民からオオカミのように恐れられているクルツ氏(ビーバー誌の表紙から)

▲シリア人難民からオオカミのように恐れられているクルツ氏(ビーバー誌の表紙から)

なぜ、クルツ氏がシリア出身の難民にとって、オオカミのような存在かを以下、説明する。
クルツ氏は今月15日の国民議会選(下院)で第1党に躍進した「国民党」党首であり、今年8月に31歳になったばかりの欧州最年少の首相候補者だ。クルツ氏は24歳の時、難民・移民の統合問題の責任を担い、27歳で外相に就任した。欧州に2015年、難民が殺到した時、隣国ドイツのメルケル首相は難民歓迎政策を実施し、100万人以上の難民を受け入れた。その時、欧州の外相としては一早く、難民が殺到するバルカン・ルートの閉鎖を主張し、国境線の警備を強化した。その厳格な難民政策にメルケル首相は当初、批判的だったが、最終的にはクルツ氏の政策が欧州の難民政策となっていくまでに余り時間はかからなかった。

それだけではない。難民申請者や移民の社会統合を積極的に推進。ドイツ語学習ばかりか、欧州のキリスト教価値観への統合を要請し、用意されたドイツ語コースやオーストリアの民主主義価値観を学ぶコースに参加しない難民、移民は一定の猶予後、強制的に送還したり、支援金の削除など制裁を実施する。オーストリア国内で働く移民家庭の児童手当もその児童が国内に住んでいない場合、児童が住む国の貨幣価値で支援金を評価するなど、難民、移民の社会統合問題で果敢な政策を次々と打ち出している。

そのクルツ氏が今月の総選挙で勝利し、難民政策で人道的支援政策から抜けきれない社会民主党を抑えて第1党となった。クルツ氏は現在、極右政党「自由党」との連立政権樹立のため交渉中だ。国民党と自由党の連立政権が発足された暁には、難民受け入れだけではなく、移民の社会統合でもこれまで以上に厳格な政策が実施されると予想されている。

シリア人難民は、「クルツ氏は首相のポストを得るためにわれわれ難民を利用した」と述べ、クルツ氏が首相に就任したら難民支援金をカットするのではないかと不安だという。

ビーバー誌によると、オーストリアのシリア人難民コミュニテイーでは「セバスティアンのことで話が持ち切りだ」という。ドイツの風刺雑誌「タイタニック」はクルツ氏を“若きヒトラー”と酷評し、ビーバー誌は「シリア移民社会ではクルツ氏を若いアサドと呼んでいる」と報じているほどだ。

自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(48)は、「クルツ氏の難民政策はわが党のコピーだ」と指摘し、クルツ氏の政策の多くは自由党と酷似しているという。にもかかわらず、クルツ氏が率いる「国民党」は極右政党とは呼ばれず、「自由党」だけが極右政党と呼ばれ、欧州ではフランスの極右派政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン氏やオランダの極右政党「自由党」のヘルト・ウィルダース党首と同列視されることに、シュトラーヒェ党首は少々、不満だ。

先のシリア人難民は「自由党はもはや恐ろしいとは思わない。彼らがどのように考えているか分かるからだ。しかし、クルツ氏の場合、何をするか予想できないので怖い」というのだ。

クリスマスの到来前にはクルツ氏主導の新連立政権が発足すると予想されている。オーストリアに住むシリア難民家庭にとって、厳しい冬が到来することになるかもしれない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。