ブラック社員の例②「君、本当にうちで働きたいの?」

源田 裕久

中小企業の現場を長年みてきた経験から、「ブラック企業と同じくらい深刻な“ブラック社員”とは?」という問題提起をし、前回はその事例として、「かまってちゃんブラック社員」の話を書かせてもらった。一方、目下の「完全雇用」のご時世にあって、もう一つ、企業を悩ませている“ブラック社員”問題がある。今回は、その典型例を紹介したい。

“完全雇用”時代の「落とし穴」

厚生労働省の発表によれば、今年6月の正社員の有効求人倍率は1.01倍となった。これは2004年の調査依頼初めてのことであり、誤解を恐れずに言えば、仕事を選ばないならば、誰もが正社員になれるようになったことを意味する。まさに完全雇用状態の時代といえる。

ほんの数年前までは仮に給与水準はそこそこでも、「事務職」というだけで応募者が殺到したこともあったが、今は企業の氏素性をホームページでしっかり吟味してから応募するという具合に変化しつつあるようだ。

ところが、そんな状況下にあっても、自分の意思で積極的に働く場所を探す意欲的な求職者ばかりではない。まさに「完全雇用」のご時世だからこその落とし穴があるのだ。

得意先の甥っ子を雇ってみたら。。。

自動車の販売・修理業を営むF社は、社員数が10名に満たない規模だったが、その分、社員同士の仲間意識が強く、普段から和気あいあいと仕事をしていた。

ある初秋の日、古くからのお得意さんであるT氏が店にやってきて、かつてF社で販売したことのない超高級車を購入してくれた。「いやぁ、私どもの取り次ぎで本当に良いのですか?」思わず殊勝な言葉を口にしたR社長に対し、にこやかな口調のT氏は「何を言ってるんだい。お宅とは古い付き合いじゃないか。当然、ここで買いたいから買うんだよ」と言い切った。

契約書を作成して、納車の日取りが決定した後、おもむろにT氏が切り出した「ついては、ちょっと相談があるんだが・・・」

T氏によれば、昨年春に大学を卒業した甥っ子がいるが、彼はバイトばかりで正社員として就職してくれないと母親が心配しているとのことだった。つまり「F社で正社員として雇用してくれないか」というオファーであった。

地元では名の知れた大学の経済学部を卒業していることから、「では、とにかく半年間、面倒みてみましょうか?」とR社長はK受け入れを承諾した。

稀勢の里関にも似た風貌と体格であり、その存在感は人一倍だったが、中古車の展示会などではテントの前でまさに仁王立ち状態で、来場者を怯えさせるありさまだった。

「K君、お客さまへの接待も仕事のうちだから、もっと笑顔でこういう風に応対してくれるかな?」

R社長は、ことあるごとにK君に対して手本を示して、OJTを施した。また、彼が苦手としていたPCでの資料づくりについても懇切丁寧に手ほどきをした。

R社長をノイローゼに陥らせたKの勤務態度

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」

かの山本五十六連合艦隊司令長官の言葉を噛みしめながら、時には“おだてすぎかも?”と思うほど、3ケ月間にわたってR社長は親身になって指導し続けた。

ある日、Kの先輩であるⅬが、R社長に不満を伝えてきた。どうやら前日、Ⅼが指示していた仕事をKが完全に忘れていて、それを伝えてもKに悪びれた様子が無いことに立腹していたようだった。よくよく聞くと、それはこれまでにも度々あったようで、他の社員も同様に苛立っているとのことだった。

毎朝のようにR社長に「今日は何かありますか?社長」と元気良く・・・ではないものの、聞いてくるKだったが、そもそも他の社員に言われた仕事をしていなかったのか?疑念を抱いたR社長は、自らKにある作業を任せ、「明日になっても良いので、とにかく終わったら報告するように」と伝えた。

果たして翌朝、Kは仕事完了の報告をしないままに、件の「今日は何かありますか?社長」というフレーズで聞いてきた。R社長がすぐに「昨日の件は完了したのかな?」と問うたところ、少しの沈黙があった後、「社長の机の上に置いておきました」と応えるK。

しかし、どこを探してもそのような書類は見当たらない。「風で飛んだのかな?」当然のことながら、そんな事が無いことは重々承知していた上でのことだが、そんなR社長の言葉にはまったく無反応で、先輩社員Ⅼが訴えてきた通りのKの姿がそこにあった。

この少し前、展示会での仕事ぶりについて指導されていたKは、どうやら叔父であるT氏に相談したらしく、T氏からR社長に抗議の電話が入っていた。

「何故、自分が責められるのか?」なんども何度もKを根気強く指導してきた自負があったR社長は、いつしかイライラを募らせ、社員や奥方にも八つ当たりをするようになっていた。

「社長はノイローゼではないか?」R社長の奥様から我々に相談の電話が入ったのはこの頃だった。普段の生活でも感情の起伏が激しく、常に苛立っているとのことで、Kの半年間の有期契約の残りがあと2ケ月間を切った頃だった。

「まずはK君の今の気持ちをよく確認して、本当に今後もF社で働きたいのか確認されては如何ですか?」そもそも彼がどう考えているのか確認しないことには話が前に進まないと、R社長にそう伝えた。

「いや、もう彼の意思は関係ない。このまま解雇したい」と切羽詰まった表情を浮かべるR社長に対し、そんな簡単に解雇は出来ない旨を諭し、まずは本意を確認しましょうと説き伏せた。

結局、KはT社との契約を更新する意思はないと言ってきた。正社員として今後も展示会などの接客応対する仕事はしたくないということだった。

安易な人材受け入れは労使ともに悲劇

何故、こんな事態になってしまったのか?

親兄弟はじめ、親族や友人に勧められたとて、自らの意思や意欲が無くして働くということ自体、それが長く続けられるとは到底、思えない。また、利害関係者からの頼みとて安易に「他人様」を雇用することも経営者としては正しい判断ではないだろう。

終身雇用という言葉が遠い過去の遺物になりつつあるなか、自らのルキルアップのため、経験値を高める仕事に就くことはありうることなのかも知れない。

しかし、まったく思い入れの無い仕事に就けば、自分自身のみならず、周囲にも悪影響を与えているということには思いを馳せて欲しい。

冒頭でも書いたように「完全雇用」の時代。中小企業は特に人手を探すのも大変だけに、縁故で“手頃な”人材がみつかると、すぐに雇いたくなるだろう。その一方で、働く側に視点を変えてみると、周囲の勧めで“仕方ないけどまぁ働くか”という姿勢になっている社員もまたいるのも事実だ。

一方、人材不足の折、働いてくれる人を大切に迎えいれたいと願う社長は多い。経営者には社業発展というベクトルを共有できる人を採用できるように面接時での丁寧な意思確認は勿論、社員が働きやすい職場にするための不断の努力もまた必要な時代になっている。

源田 裕久(げんだ ひろひさ)
社会保険労務士/産業心理カウンセラー アゴラ出版道場3期生

足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。2016年に法人化して、これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。公式サイト「社会保険労務士法人パートナーズメニュー」