朝鮮半島情勢は「嵐の前の静けさ」なのか?(特別寄稿)

潮 匡人

朝鮮中央通信サイトより引用:編集部

嵐の前の静けさか。この二カ月間、北朝鮮による重大な軍事挑発が鳴りを潜めている。だが過去の経緯を踏まえれば、このまま朝鮮半島情勢が緊張緩和に向かうとは思えない。

げんに、去る11月13日には、北朝鮮兵士が軍用車両で南北の軍事境界線がある板門店の共同警備区域(JSA)に向け疾走、韓国側への突進を試みるも脱輪、車を降りた兵士が走りながら軍事境界線を越える事件が起きた。その際、異変に気付いた北朝鮮の警備兵4人が軍事境界線の北側にある「板門閣」付近から現場に急行、自国の〝脱走兵〟を追いかけ、彼の背後から拳銃や自動小銃で約40発もの銃撃を加えた。

11月22日には、以上を記録したアクション映画さながらの映像も公開された。事件を調査した在韓国連軍司令部がいうとおり、北朝鮮側の行動は明らかに朝鮮戦争の休戦協定に違反する。2013年、北朝鮮は一方的に休戦協定の「白紙化」を宣言したが、もし今回の事件を契機に第二次朝鮮戦争が起きれば、国際法上の正当性が朝鮮国連軍(米軍)の側にあることは公開された映像からも明らかである。

幸い、銃弾を浴びた〝脱走兵〟は一命を取り留め、韓国の病室で、お気に入りの韓国ガールズグループ「少女時代」の音楽を聴いたり、アメリカの人気テレビドラマ「CSI」を観たりしているという。病院に担ぎ込まれた経緯を忘れさせるような呑気な話である。果たして、どちらが本当の朝鮮半島情勢なのか。

最近の北朝鮮はなぜ“大人しく”してきたのか?

そもそも、この二カ月間、なぜ北朝鮮による核実験や弾道ミサイル発射がなかったのか。そこには、いくつかの理由が考えられる。

一つには、やろうとしたが、できなかった可能性である。
たとえば、核実験を強行しようとしたが、前回の「水爆実験」の影響により、豊渓里(プンゲリ)の地下核実験場が深刻なダメージを受けた結果、さらなる大規模な実験に耐えられず、強行すれば放射性物質が中朝国境を越えて、中国側に飛散してしまう、もしそうなれば、中国も黙っていない・・・といった重大なリスクに配慮した可能性が考えられる。

同様に、いわゆるICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)などの弾道ミサイルを発射しようとしたが、できなかった可能性も考えられる。実際これまで北朝鮮は何度も発射に失敗してきた。

もちろん、北朝鮮の技術が未熟だからという単純な原因もあり得るが、そうではなく、米側などのサイバー攻撃やマルウェアが功を奏してきた可能性もあり得る。事実その可能性を示唆したアメリカ政府高官もいる(国家安全保障担当大統領副補佐官など)。今年3月4日付の米紙「ニューヨークタイムズ」の報道等によると、発射失敗事例は「レフト・オブ・ローンチ(Left of launch)」と命名された電子攻撃を主体とする秘密作戦の成果らしい。

あるいは、日本海に米空母3隻が集結し、異例の大規模な軍事演習が繰り広げられた経緯などによる抑止が効いた結果なのかもしれない。だとすれば、米軍の爆撃機Blbと共同訓練を重ねてきた航空自衛隊にとっても誇るべき成果といえよう。他方で、北朝鮮が中国共産党の党大会に配慮し、軍事挑発を自制した可能性も残る。

そうでないなら、そもそもこの二カ月間、北朝鮮は軍事挑発を計画していなかったということになる。実は、そうした可能性も十分考えられる。

北朝鮮にとって当面のゴールは対米核抑止力の獲得である。ゴールに到達しているなら、あえて核実験やICBM発射を繰り返す必要がない。だから、この間、一見おとなくしていた。そうした可能性である。

いわゆる識者の大多数が「獲得した可能性はない」と否定するが、当を得ない。拙著『安全保障は感情で動く』(文春新書)で詳論したとおり、地政学などの客観的な要因ではなく、むしろ当事者の主観的な認識や感情で安全保障は動く。

ならば、北朝鮮自身の認識はどうか。最近も10月28日付「労働新聞」(朝鮮労働党機関紙)がこう明言したばかりである。

「我々の国家核戦力の建設は最終完成のための目標がすべて達成された段階にある」

意図的に軍事挑発を控えた?韓国元報道官の分析に注目

他ならぬ北朝鮮自身がそう考えているから、リスクの高い核実験を避けた。そうした可能性もあり得る。その点でも、「北、核弾頭 来月にも量産」と題した11月23日付「産経新聞」朝刊一面トップ記事に注目したい。

産経の取材に応じた韓国の李明博、朴槿恵両政権下で国防省報道官を務めた金珉ソク氏によると、北朝鮮は「水面下で核弾頭の生産を開始し、量産化の準備に入った可能性が高い」という。量産化の実現は「12月~来年1月ごろ」。しかも「中距離弾道ミサイル『ノドン』に量産した弾頭を装着し、照準を東京、ソウルに設定する」らしい。ノドンの射程化にある日本にとって死活的な最大級の脅威である。記事はキムによる以下の分析も伝える。

この間、北朝鮮が弾道ミサイルの発射や追加の核実験などの軍事挑発を控えてきた理由については、経済制裁など国際社会による圧力の影響ではなく「弾頭生産の妨害を避けるためだった」と主張した。

…….だとすれば、「できなかった」のではなく、北朝鮮が意図的に軍事挑発を控えてきたということになる。記事でキムは、国連総会が平昌五輪期間中の停戦を加盟国に求める決議案を採択したことに言及し、「北朝鮮が米国からの攻撃に神経を使うことなく、開発に専念できるようになる」とも懸念を示した。私も同じ懸念を抱く(先月の当欄参照)。モラトリアム(時間の猶予)は北朝鮮を一方的に利する。

去る11月20日(現地時間)、米トランプ政権は北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定した。北朝鮮外務省は「尊厳高いわが国に対する重大な挑発だ」と反発、「われわれの抑止力は、ますます強化される」と核開発を加速させる姿勢を明らかにした。

年内にも、重大な軍事挑発に踏み切る可能性が高い。武力紛争に発展する危険性が高まっている−−−そうテレビやラジオで発言してきたが、もしかすると、今回は予測が外れるかもしれない。もし今後とも、言葉の応酬が続くだけで具体的な軍事行動が伴わないとすれば、やはり北朝鮮の核弾頭が量産されている可能性が高い。そうした情勢分析に傾く。

今後、北朝鮮が何かをしても、何もしなくても、日本にとっては重大かつ深刻である。

安全保障は感情で動く (文春新書 1130)
潮 匡人
文藝春秋
2017-05-19