イスラエルの首都をエルサレムとするトランプ米大統領の発言は単に中東・アラブ諸国だけではなく、世界各地で抗議のデモが行われている。アラブ連盟は9日、カイロで緊急外相会議を開催し、「エルサレムのイスラエルの首都認定は国際法に違反する」として、トランプ大統領に再考を促すアピールを宣言している。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース議長は今月中旬に予 定されたマイク・ペンス米副大統領との会談をキャンセルするなど、米政府へ不満を表明している。
一方、トランプ大統領の発言を、「歴史的な日だ。トランプ氏の名はイスラエルの歴史に刻み込まれるだろう」と高く評価したイスラエルのネタニヤフ首相は10日、パリでフランスのエマニュエル・マクロン大統領と会談し、翌日11日にはブリュッセルに飛び、欧州連合(EU)外相会議に参加し、イスラエルの立場を説明する外交に乗り出している。ちなみに、国内で汚職問題で追及されている同首相の支持率はトランプ氏の発言以来、上昇してきたという。
ところで、アルプスの小国オーストリアでもトランプ大統領のエルサレム発言は国際面のトップ・ニュースとして報じられている。同国では社会党(現社会民主党)単独政権時代、クライスキー首相(当時)は中東の和平調停役を演じて世界にその名を広めたことがある。中立国で地理的に東西両欧州の架け橋的な位置にある同国は過去、中東問題の調停工作に関与してきた実績がある。
オーストリアで10月15日に実施された国民議会選で第1党となった中道右派「国民党」と第3党の極右政党「自由党」の連立交渉が現在進行中で、クリスマス前には2党による連立政権が発足する予定だが、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首は同国メディアとのインタビューの中で、トランプ大統領のエルサレム首都認定発言に触れ、「イスラエル国会や官庁が既にエルサレムにある。エルサレムをイスラエルの首都と見なすことにはまったく障害はない」と説明し、他の欧州諸国も大使館をエルサレムに移転するべきだと提案して注目された。ただし、同党首は、「わが国は中立国だから単独で大使館をエルサレムに移動させる考えはない。EUの加盟国と協議して決めるべきだ」と述べている。
同党首は、「イスラエルとパレスチナ問題の和平外交は過去、成果をもたらさなかった。だから、従来の政策を変えなければならない」と指摘している。なお、自由党は国民党との連立交渉で外相候補に著作家のカリン・クナイスル女史を推薦している。同女史は中東問題の専門家で、アラブ語ばかりか、ヘブライ語にも通じている。同党首は「彼女は将来、女性のクライスキーと呼ばれるかもしれない」と述べ、中東和平への積極的外交の夢を描いている。
なお、自由党はイェルク・ハイダー党首時代(1986年9月~2000年)、反ユダヤ主義的発言が飛び出し、批判されたことが多かった。ハイダー党首はリビアのカダフィ大佐の息子セイフ・アル・イスラム・カダフィ氏をオーストリアに招くなど交流を深め、親アラブ政策を展開させた。しかし、シュトラーヒェ党首時代になると、イスラエル政府との交流を積極的に行い、同党首自身もイスラエルを訪問し、反ユダヤ主義とは距離を置く路線を展開させている。
反ユダヤ主義的傾向が強く、ネオナチ政党といわれた自由党が今、他の政党に先駆けてイスラエルの首都エルサレムを支持しているわけだ。自由党が変わったからというより、中東・アラブの政情が大きく揺れ動いてきた結果というべきかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年12月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。