新聞論調は現実的な提言を
四国電力の伊方原子力発電所3号機(愛媛県)について、広島高裁は運転差し止めを命じる決定を下しました。「1万年に1度程度の破局的な噴火が起きれば、噴出物の大量飛来、火砕流の到達する可能性はゼロではない」との見解を示し、広島地裁の決定を覆しました。
原発訴訟で問題にされる噴火は、「12万年前から現在まで、9回の破局的噴火が確認」、「7300年前に鹿児島県の鬼界カルデラが破局的噴火の最後」、「1万年に1度の頻度なのだから、対応を強化すべきである」などです。「1万年に1度とはねえ」です。
「1万年に1度」は確率の問題であり、「1万年先ことまで考える」とは、違うにしても、気の遠くなるような時間軸です。人類の文明はおろか人類自身が存在しているかどうかも、想像の彼方です。こんな問題意識で議論を空転させるより、原子力エネルギーの比率が現実問題として、下降線をたどることへの対策を議論すべきです。
もう一つは、破局的噴火への対応策はあり得ないことです。日経社説は「噴火対策に高裁が憂慮を示した点は重く受けとめるべきだ」と言います。では、「重く受け止めて、その先、何をせよというのか」聞きたいですね。「滅多にないといって対策を取らなければ、取り返しのつかない被害を招くというのが、福島原発事故の教訓だ」(朝日社説)も、そこまでいうのなら、「原発ゼロ」をはっきり主張すべきです。
責任放棄する司法の原発判断
司法は無責任です。1万年とか、破局的な噴火を想定せよとかいうなら、「原発は危険だから、ゼロリスクで臨まなければならない。従ってリスクが少しでもある地域での原発立地は認めない。直ちに廃炉にすべきだ」との判断を示すべきです。想像もできない、対策もあり得ない論点を持ち出すのは、責任放棄です。
新聞論調も責任を放棄していますね。朝日は「数万年単位の火山現象のリスク評価が難しいのは事実だ」と認める一方で、「火山列島の日本。国の原子力規制委や電力会社は決定を真摯に受けとめるべきだ」と、主張しています。「真摯に受け止めて何をせよ」というのか。それなら、「完全な脱原発政策を」というべきです。
毎日社説は「政府や電力会社は、火山対策ついて議論を深めていく必要がある」ですね。どんな議論ですか。破局的噴火に備えるなら、原発の立地禁止以外になく、議論を深めようがありません。新聞は最終結論の提言を回避したい時に「議論を深めよ」と書くのが常套手段です。
産経社説は正直です。「破局的噴火が起きれば、原発以前に九州全体が灰塵に帰す」とし、あまり意味のない議論はやめようということでしょうか。読売社説は「破局的噴火を前提とした防災対策は存在しない」です。そう思いますね。「存在しえないものを議論しろ」というより、率直です。ただし、噴火問題に決着をつけたところで、原子力エネルギーの長期的低落を防ぐことはできません。課題はそれへの対応策でしょう。
人類誕生まで遡ることの無意味
新人類の誕生は20万年前で、10万年前から3万5000年前にかけ存在したネアンデルタール人が消えた後、クロマニヨン人が登場したのは、3万年前ですね。文明らしきもの出てきたのは1万年前、人類の歴史が分かってきたのが5000年ほど前とされます。気の遠くなるような時間軸を、原発問題に絡ませるのは、本心では「原発をなくしたい」ためでしょう。
議論のための議論が空回りしないように、最高裁まで持ち込まれ、「破局的噴火問題」で社会的通念に見合った方向が定着することを期待します。地裁、高裁レベルでまちまちの判断が示され、後退を続けている原発政策がさらに混乱しないことを願っています。現実的な道は軟着陸なのです。
それに裁判官は法学部系が主流で、原発政策のように高度の判断を求められる問題に対し、見識ある判決を本当に示せるのでしょうか。今回の広島高裁の裁判長は、民事畑を主に歩み、火山や原発政策の経験があったとは思えません。司法は原子力規制委員会の見解を尊重するとか、判事に再教育、研修の場を与えるとかが必要です。
では今後の原子力エネルギーどうなるのか。政府は、全電源に占める原子力の比率を2030年に20〜22%(16年度は2%)に引き上げる計画です。事実上、不可能でしょう。辻褄合わせで、無理やり作った数字です。現実的な方向性を打ち出すべきです。それが軟着陸なのです。
再稼働しても、期限切れを迎え運転停止、廃炉に追い込まれる原発は増えていくでしょう。新規立地や立て替えも地元の反対が強く、極めて困難でしょう。原子力の位置づけが現実問題として、後退していくのは必至です。カネがかかっても、効率のいい代替エネルギーを開発し、その比率を高めていくしかありません。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。