ベネズエラの交響楽団から演奏家の国外流出が止まらない理由

シモン・ボリバル交響楽団(Wikipedia:編集部)

日本に「エル・システマジャパン」という一般社団法人が一時期話題を集めた時があった。ベネズエラで誕生した、音楽を通して社会を良くして行こうという活動が世界的に広まった時であった。

それは1975年に音楽家ホセ・アントニオ・アブレウがベネズエラで創設した音楽教育のことで「エル・システマ」という名をつけた。

これは一つの社会奉仕活動で、子供たちに貧富の差がなく音楽に接する機会を与えるというもの。そして、音楽教育を受けた子供が大人へと成長して行く中で、健全な社会を築くことに貢献する若者を育てるという社会奉仕活動のことである。

ボリバル社会主義革命を推進しようとしたチャベス前大統領の社会改革の方針にエル・システマは沿うものだとして当時の政府より強い支援を受けた。

当時のベネズエラはオイルダラーに溢れた時代で、チャベス前大統領はベネズエラの社会改革を世界に広める手段のひとつとしてエル・システマを利用して、そこで学ぶ子供たちを世界の各地に派遣してコンサートなどを披露した。日本も彼らの訪問を受けたことがある。

ベネズエラを代表するシモン・ボリバル交響楽団はエル・システマで育った音楽家が集まって1999年に結成された楽団である。この楽団を代表する指揮者グスタボ・ドゥダメルは現在世界的に著名な指揮者のひとりとなっている。

しかし、シモン・ボリバル交響楽団にも今、ベネズエラの深刻な経済危機が押し寄せている。それを示すかのように、12月17日付のベネズエラ電子紙『lapatilla』は見出しに「シモン・ボリバル交響楽団の演奏家の3分の1が国外に出た」と報じた。

同交響楽団のメンバーは140名であるが、その中の40名余りが外国からの仕事のオファーを受け入れて出国したという。同紙は出国者は更に増加するはずだと指摘している。この要因には、ベネズエラではあらゆるものが不足しているということと、彼らの給料は10ドルにも満たないということから、外国で働くことがもう義務とならざるを得なくなっている、と同紙は伝えている。よって、外国の著名な楽団などでベネズエラ出身の演奏家と出会うことも頻繁になっているということもその報道の中で指摘している。

エル・システマの代表格で、また多くの演奏家から敬慕されている指揮者のグスタボ・ドゥダメルは今年5月以降ベネズエラには戻っていないという。帰国すれば、彼のパスポートが管轄当局によって没収されて出国できなくなることを懸念しているからだという。

彼は2009年からロサンゼルス交響楽団の常任指揮者を務めているが、今年1月1日のウイーンで恒例となっている年始のウイーン交響楽団のコンサートで36歳という歴代で最も若い指揮者として指揮を振るった。

その彼が、今年5月にエル・システマの17歳のバイオリン演奏家がマドゥロ政権に反対しての抗議デモに参加。その時に治安部隊が発砲した銃弾が頭に当たり死亡したことから、それまで沈黙を守っていたドゥダメルはマドゥロ大統領に抗議文を書いて発表した。それがマドゥロ大統領には気に入らなかったようで、折り返し大統領はテレビで彼を脅威の口調で批判したという。

そのことから、ドゥダメルが一旦帰国すれば彼のパスポートを没収して収監するのではないかと彼の仲間が懸念している。仲間の一人は、10歳の時から一緒に演奏して来た仲間だ。「グスタボがそのような羽目になることはさせない」と匿名で取材に答えたという。

シモン・ボリバル交響楽団は今年、バルセロナでのコンサートを最後に、ヨーロッパ、アジア、アメリカでのコンサートはすべて中止になっている。マドゥロ政権が彼らの遠征を認めないのである。その為の遠征費用が捻出できないのか否か理由は不明にされている。