中国人学生の考える 「望ましいAI」①

2017年も最後の1日となったが、春節を新年とする中国は年越しの雰囲気とは縁遠い。大学は秋季の学期末を迎え、宿題の提出や試験の準備に追われている。学生たちの夜なべが続き、授業は眠気との戦いになる。

私は担当の『現代メディア・テーマ研究』で4か月間、もっぱら人工知能(AI)を主要テーマにした。インターネットはもはやPCや携帯電話から解き放たれて、あらゆるモノに入り込んでいる。それにつれ、メッセージを媒介するメディアの概念も、新聞とネットといった既成の枠を飛び越えている。人間を主人公とする社会に揺さぶりをかけるAIの出現を切り口に、もう一度身の回りの生活を見直しながら、自分とは何か、人とは何か、を問い直そうと考えた。

学生は3~4年の35人。教室では、AIの基本的な研究から発展の歴史、また、中国でのAI開発の現状や問題点、さらには人とAIとの共存について、学生の自主発表を中心にしながら議論を深めた。現在進行で進む最先端のテーマなので、学生たちの積極性が際立った。国家がAIを重点プロジェクトにし、メガ企業からベンチャーまでが膨大な資本を投じている。Eコマース、シェアリングバイク、ドローン、VR、自動翻訳など、彼、彼女たちの周りにはAI技術があふれているのだ。ネットではAI記者が記事を配信し、図書館には顔認証システムが導入されている。卒業作品の映画にも、協賛企業が制作したロボットが登場している。

AIチャットでの恋愛で話題となった『Her』、人間とロボットとの対立を描いた『ブレード・ランナー』や『アイ、ロボット』など、海外の映画作品もしばしば取り上げられ、討論の話題を提供した。未来のAI社会を予測したケヴィン・ケリーの『THE INEVITABLE』(中国訳・『必然』)を紹介し、楽観的な共生の未来を語った学生や、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(中国訳・『未来簡史』)を通じて、人間社会が計算法によって成り立ち、人間の意識までもがAIに取って代われる危険を問題提起した発表もあった。バーチャルのアイドル、初音ミクの大ファンという女子学生は、仮想に託する人間の心理を通じ、感情の多様な発展の可能性を論じた。

様々な議論が生まれた実績を踏まえ、次の2018年春季学期には『人工知能時代のメディア』と題する科目を独立して開講しようと申請し、認められた。さる29日、春季の科目選択が始まったが、定員30人のところへたちまち100人近くが集まった。さらに内容を充実するべく、私は春節休みの重い課題を背負うことになった。

期末課題の論文は、「君はAIに何を望むか?」をテーマとした。

学生たちは、「これからどうなるか?」の議論は、ネットに各種資料があふれているので、非常にうまくやってのける。検索すれば、模範解答はいくらでも見つけられる。ジャーナリズム専攻の学生は、記者と同じような記事作成の訓練を受けるので、枠組みを作って、勘所をとらえ、わかりやすく伝えることにはたけている。だが、何か物足りなさを感じることがある。必修の記事作成科目では、主観を排し、三人称で書きなさいと厳しく言われるため、「では、あなたはどう思うのか?」と問われると、答えに窮してしまう。肝心なのは架空の客観ではなく、自分がよって立つべき健全な主観である。

大学は職業訓練学校ではなく、それぞれの価値観、思想を育て、鍛える場所だと考える。だから期末課題では、「私たち」でも「人類」「社会」でもなく、「私」を主語とすること。文献の引用部分は採点の対象としないこと、を言い伝えた。自分と深く向き合い、身辺の環境をきちんと把握し、そのうえで大きな社会、長い見通しを考える。いくら大ぶろしきを広げたところで、自分さえとらえきれていなければ、砂上の楼閣に過ぎない。「汝自身を知れ」とは、古代から哲学者が問い続けてきた終わりのない営みである。

早めに提出した者には何度も書き換えを命じた。それでもみなが一緒についてきてくれた。だれにも話したことのない特異な生い立ちや、内心の複雑な気持ちを、赤裸々に綴る学生もいた。「これほど自分のことを厳しく見つめたことはなかった」と感想を寄せる学生もいた。加速度的に発展する新たなAIの出現は、人間社会に危機感をもたらすと同時に、少なくとも、人間が忘れかけていたこと、遠ざけていたこと、避けていたこと、気付かずにいたことを、もう一度振り返るチャンスを与えてくれたことは間違いない。

次回から、学生たちの作品を紹介し、中国の若者たちが考える「望ましいAI」を通じ、中国現代社会の実像を伝えたい。(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。