文在寅大統領の“初夢”を占う

北朝鮮の金正恩労働党委員長は1日、朝鮮中央テレビで慣例の「新年の辞」を発表した。金委員長は、「米本土全域が核攻撃射程圏内にあり、核のボタンが執務室の机の上にいつもある」(時事通信)と述べ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実戦配備を事実上宣言した。

▲文在寅韓国大統領(文在寅大統領の公式サイトから)

新年早々、物騒なメッセージだが、報道内容を慎重にみると、「新年の辞」の重点は韓国への対話呼びかけにあることが分かる。韓国の文在寅大統領は就任直後から何度も北に対話を呼びかけてきたが、平壌からいい返事が戻ってこなかったばかりか、嘲笑、誹謗のメッセージが配信されてきた。それだけに、トランプ米大統領の軍事介入の警告発言の陰でプレゼンスが薄かった文大統領は金正恩氏の「新年の辞」の内容を誰よりも喜んだに違いない。

もちろん、主要な欧米日韓メディアは、金正恩氏の「ICMBの実戦配備宣言」を大きく報じたが、「新年の辞」の内容の是非は別として、当方には「ICMB実戦配備」自体は「ああーそうですか」といった程度の驚きしか湧いてこない。恐喝と威嚇は北の常套手段だからだ。

金正恩氏が本当に伝えたかった点は、韓国への対話呼びかけにあったはずだからだ。ただし、トランプ米大統領と舌戦を展開させてきた金正恩氏は、世界が注目する「新年の辞」で最初から韓国への対話を呼びかけることはできない。「国連安保理決議に基づいた対北制裁の効果が出てきた。金正恩氏は対話路線にシフトを変えた」と受け取られてしまうからだ。メンツを重んじる金正恩氏は我慢できないだろう。そこで「新年の辞」ではいつものように先ず米国に向けて警告を発する意味から「ICMB実戦配備宣言」を強調した、というのが金正恩氏の事情でなかったか。

いずれにしても、金正恩氏は対話を模索し出した。そして最初の相手にトランプ氏ではなく、韓国の文大統領を選んだ。金正恩氏は「2月に開催される韓国・平昌冬季五輪に代表団を派遣する用意がある」と述べ、文大統領を喜ばせた。文大統領はこれまで金正恩氏に平昌冬季五輪への代表団派遣をしつこく呼び掛けてきた経緯があるからだ。それだけではない。金正恩氏は「近い将来、文大統領との南北首脳会談の可能性」すら示唆しているのだ。

金正恩氏は「一日も早く改善するため、北南当局が自らの責任と役割を果たさなければならない」と主張。「(平昌五輪は)民族の地位を誇示する良い契機となる。われわれは成功裏に開催されることを心より願う」(時事通信)と語っている。文大統領はそのメッセージを読んでうれし涙が出る前に「いよいよ俺の出番だ」といった思いが湧いてきたかもしれない。

朝鮮半島の危機に対して日韓米3国は連携を強化し、米韓両国軍は「Xデー」を想定して軍事演習を繰り返してきた。ただし、日韓米3国の首脳の間に対北政策で初めからスタートポジションが違っていた。安倍晋三首相は軍事攻勢を含め強硬路線、トランプ大統領は日本の立場を基本的に支持する一方、米国の国益を常に重視した実用主義的対応を、そして文大統領は就任直後から軍事オプションには否定的で対話路線を主張してきた。そのため、3国首脳の間で不協和音がこれまで絶えなかった。

金正恩氏はここにきて韓国との対話を呼びかけ、文大統領を「俺の出番だ」と喜ばせた。一方、トランプ大統領は「対北制裁の効果」論を展開し、早速「金正恩氏次第では首脳会談も」といったアドバルーンをツイッターで配信したとしても不思議ではない。

問題は安倍首相だ。対北強硬路線を貫き、非核化を実現するまで圧力をかけると主張してきた首相だけに、非核化議論が出る前に対話政策が先行していく事態になりかねない。韓国が北と対話路線を先行すれば、対北制裁の効果は薄まっていくのは目に見えている。

ただし、金正恩氏は韓国と対話を推進する一方で、日本に対しても何らかのメッセージを送るだろう。拉致問題の解決策を持ちかける可能性が出てきた。もちろん、何らかの経済的支援も打診されるだろう。安倍首相は北側のオファーに対し、外交舞台裏で北側と交渉を展開させるかもしれない。

最後に、新年そうそう幸先のよいシグナルを平壌から受け取った文大統領の“初夢”を占ってみた。

政治の師匠、故盧武鉉大統領(任期2003~2008年)のように、文大統領は南北首脳会談をし、平壌から世界に向かって南北再統一のメッセージを発信する。金正恩氏はその傍で苦笑している。文大統領は初代南北統一大統領になったような高揚した気持ちを抑えることができない。

文大統領の初夢はそれで終わらない。続きがある。北から核兵器を引き取った南北統一コリアは核保有国を宣言する。中国はビックリするが、最も驚いたのは日本だ。反日で知られてきた文在寅・南北統一コリア大統領が日本も保有していない核兵器を手に入れたのだから。文大統領は朝鮮民族歴史上初めて日本を乗り越えた、という思いが沸き上がり涙が出てきた。日本が核兵器保有国入りした南北統一コリアにどのように対応するかは文大統領の初夢の中では不明だ。

南北首脳会談を実現し、南北再統一コリアの初代大統領となった文大統領は「わが世の春」を謳歌し、大笑いをした時、その弾みでソウルの韓国大統領府(青瓦台)の硬いベットから転げ落ち、目が覚めてしまった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。