エイズに罹るサル・罹らないサル:どこが違うのか?

中村 祐輔

※写真はイメージです(写真ACより:編集部)

今朝は気温が久々にマイナス一桁台となり、歩いて通勤した。先週は完全防備していても2-3分歩くだけで体の芯まで冷え込む気候だったが、10度上昇すると体感的には全く違う世界だ。日中も、零度を超えて4度まで上昇した。この気温で暖かく感ずるのだから、人間というのは不思議な動物だ。木曜日には14度まで上昇し、過去最高気温記録(11度)を更新する予報がでている。体にも優しい気温となる。

1月4日号のNature誌に「Sooty mangabey genome sequence provides insight into AIDS resistance in a natural SIV host」(自然界に存在するサル免疫不全症ウイルス抵抗性を尾長ザル(?)のゲノム解析から考察する)というタイトルの論文が掲載されていた。「Sooty mangabey」をどのように訳せばいいのかよくわからないが、どうも尾長ザルの一種のようだ。SIVはSimian immunodeficiency virusの略で、サルにエイズを引き起こすウイルスだ(人でエイズを起こすウイルスはHIV)。しかし、この尾長ザルでは、ウイルス感染症は起こすのだが、エイズの症状には至らない。

そこで、研究者たちは、エイズを発症するサルと発症しないサルのゲノム配列を比較して、エイズに対する抵抗性に関連する遺伝子を見つけようとしたのである。そして、免疫に関与する分子のうち、細胞接着に関連するICAM2と自然免疫に関連するTLR4という二つの分子が、エイズを発症する人やサルと、エイズを発症しない尾長ザルで異なっていることを見いだした。

ICAM2は細胞の表面出でていてリンパ球が動き回ったり、どこかに入り込んでいくことに重要な役割をしているようだが、調べられた尾長ザルでは重要な部分が違っているために細胞の表面に出て行けないようだ。それが、どのようにエイズの発症にかかわっているのか不明だが、これらの差が発症に重要な鍵となっているなら、それを手懸りに新薬の開発につなげることができるだろう。

人ではすでに、CCR5という遺伝子が作るタンパク質が、HIVが細胞の中に入り込むために重要であることが証明されている。HIV感染リスクが高いにも関わらず、感染症を起こさなかった人に共通する遺伝子多型を調べた結果、CCR5遺伝子多型が発見され、これを手懸りに新しいHIV薬剤が開発されたのである。HIVに限らず、ウイルスはウイルスの持っている遺伝子(ゲノム)が作り出すタンパク質だけでは増殖できない。したがって、ウイルスが増えていくためには、細胞内に入り込むことが不可欠である。HIVはCCR5タンパクにくっつくことによって細胞内に入り込むのであるが、このCCR5遺伝子多型によって作られたCCR5タンパク質はHIVと結合する性質をなくしているため、HIVウイルスが細胞内に入り込めないのだ。

そして、ウイルスは、単に細胞内に存在している道具や材料を、ひっそりと無断借用して自らを増やしていくだけでなく、ウイルスが細胞内に入ることによって、ウイルスの増殖に必要な道具を感染した細胞内で作らせるための刺激を起こすようだ。その道具の一つとしてMELKという分子が重要であるらしいことが、「Molecular & Cellular Proteomics」誌の4月号(2017年)の「Kinome Profiling Identifies Druggable Targets for Novel Human Cytomegalovirus (HCMV)」と言う論文に公表されていた。

私はこの論文には全く気づかず、昨年末に、共同研究者から教えられ、初めて知った。MELKはがん幹細胞に重要だと考えて十年以上前から研究に取り組み、オンコセラピー・サイエンス社が低分子阻害剤を開発、そして現在、白血病や乳がんを対象に治験を行っている。論文には、サイトメガロウイルス(cytomegalovirus)感染後24時間で、細胞内のMELKの発現は非常に大きく上がっているようだ。しかも、このMELK阻害剤によって、ウイルスの増殖は劇的に抑えられている。

妊娠初期にサイトメガロウイルス感染症が起こると、胎児にいろいろな生育障害が生じるし、骨髄移植後の強力な免疫抑制下でのサイトメガロウイルス感染症は時として致死的となる。後者に対しては新薬の開発が進んでいるが、われわれの阻害剤も、役に立つかもしれない。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。