トランプ氏は無能な大統領か?!

欧米メディアから配信されるトランプ米大統領と北朝鮮の独裁者、金正恩朝鮮労働党委員長の舌戦のやり取りを見ていると、「世界は大変だ。超大国の米国に稀に見るバカな大統領が選出され、日々、ツイッターで世界を威嚇し、北では核兵器をおもちゃのように扱う独裁者が君臨している」といった印象を受けたとしても仕方がないかもしれない。全てのニュースが根拠のないフェイクニュースとは言い切れないからだ。

▲親の代からの聖書の上に手を置き宣誓式に臨むトランプ新大統領(2017年1月20日、CNN放送の中継から)

トランプ氏はまもなく大統領就任1年目を迎える。この1年間でさまざまな出来事が生じ、メディア関係者には記事不足といった事態はなかった。トランプ氏は好きなゴルフ場に頻繁に通いながらも、夜にはツイッターで面白いコメントを発信するからだ。トランプ氏はワシントン政界に通じていないだけに、同氏の発言やその言動はワシントンのエスタブリッシュメントの規格外だ。そのため、メディア関係者はトランプ氏の失言や暴言を面白可笑しく報道できたわけだ。

トランプ氏は無能な大統領、なる資格すらない大統領、といった批判や中傷が野党勢力からだけではなく、身内のホワイトハウス関係者からも漏れてくる。欧米メディアが報じるように、トランプ氏は無能な米大統領なのか。米大統領に対してこのような問いはこれまで考えられなかったことだ。例えば、トランプ氏の最側近だったスティーブ・バノン大統領上級顧問はジャーナリストの暴露本「炎と怒り」の中でトランプ氏を「9歳児のような振る舞い」と酷評しているのだ。こんな話を聞くと、益々深刻とならざるを得ない。トランプ氏は小さな国の大統領ではないのだ。世界を軍事的、経済的に掌握している超大国の大統領だ。

オーストリア代表紙プレッセのコラムニスト、クリスチャン・オルトナー氏は「バカなトランプが蛮行を繰り返すイスラム過激テロ組織『イスラム国』(IS)にどのようにして勝利したのか」という見出しの興味深い記事を掲載していた。オルトナー記者はファクトチェックをすると意外なことが見え出すというのだ。

イスラム過激テロ組織「イスラム国」は昨年初めごろまでは飛ぶ鳥も落とす勢いで、占領した領土はヨルダンの国土に匹敵するほどだった。欧米から“聖戦兵士”をリクルートし、蛮行を繰り返してきた。世界はISの残虐性に恐れおののいていた。そのISは今、イラクの拠点を失い、至る所で敗走し、もはや消滅の危機に瀕しているのだ。

オルトナー記者は、「過去1年間で何が生じたのか」を検証する。そしてトランプ氏が米大統領に就任してから、ISは敗走し出したという事実に出くわす。米国嫌いの欧州ジャーナリストにとって、快い事実ではない。トランプ氏の出動ラッパを受け、米軍主導のイラク政府軍がISが支配していた拠点を次々と奪い返していった。米軍の支援がなくては考えられない軍事的成果だ。しかし、欧州の政治家やメディアには「トランプ氏は無能な大統領」というイメージがあるため、トランプ氏がIS打倒で功績があったという事実を理解できないでいる。

例えば、ISに支配されてきたイラク北部の最大都市モスルを解放したのは、米空軍の攻撃、それを受け、地上ではイラク政府軍のエリート部隊、そしてクルド系部隊の連携の結果だ。そしてイラク中部の要衝ファルージャを奪還し、ISが首都としていたシリアのラッカは昨年10月、解放された、といった具合だ。

オルトナー記者は、「米大統領に対する欧州人の意見は嫌悪感が先行し、正しいプロファイルを構築できないことが多い。今回が初めてではない。ロナルド・レーガン(第40代大統領、任期1981~89年)の時もそうだった。『3流の映画俳優に何ができるか』といった思い上がった偏見があって、レーガン大統領の冷戦時の政治的功績を正しく評価できなかった」と説明する。レーガン氏は「最も評価の高い米大統領」といわれている。逆に、オバマ大統領が選出された時、欧州メディアは大歓迎し、高く評価したが、実際はオバマ氏は米国の歴史では「平均的な大統領」に過ぎなかった。

同記者はトランプ氏に対しても、「欧州は同じ過ちを犯そうとしている」と警告する。トランプ氏がエルサレムに米大使館を移転すると表明すると、欧州の政治家やメディアは一斉に「トランプ氏は中東の政情に無知だ」と辛辣に批判したが、それでは欧州は中東和平でどのような解決策を有しているのか。

オルトナー記者は、「欧州の政治家やメディアが主張していることと反対のことを考えれば間違いない」と皮肉ったイスラエル政府関係者のコメントを引用し、記事を閉じている。

トランプ氏は少なくとも無能な大統領ではない。たとえ、その言動が少々型破りで理解に苦しむことがあってもだ。就任1年目の実績からいうならば、大統領トランプ氏の実績は、就任早々ノーベル平和賞を受賞した前任者オバマ氏よりあると言わざるを得ない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。