昔、日本の首相が「米国債を売ろうという誘惑に駆られたことはある」と発言し、これを受けて米国株式市場が急落したことがある。これは1997年6月23日に橋本龍太郎首相が、米コロンビア大学での講演を終えた後の質疑応答でのコメントであった。
1998年末の運用部ショックと呼ばれた日本国債の急落に際し、生保などが日本国債の下落による損失を穴埋めするため米国債を売ってくるとの懸念を当時のルービン米財務長官が示し、その結果というか金利上昇抑制策として打ち出されたのが日銀による1999年2月のゼロ金利政策である。
当時は日本が最大の米国債の保有国であったことで、米国市場への影響力が大きかったことが、これらによっておわかりいただけるかと思う。しかし、現在の米国債の最大保有国は中国である。正確には中国と日本がほぼ肩を並べ、他の国を大きく引き離しているのが現状である。
その中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討していると報じられ、これを受けて10日の米国の10年債利回りは一時2.6%近くまで上昇した。
これを報じたブルームバーグによると「中国の外貨準備を見直す当局者らが米国債の購入を減らすか停止することを勧告したと、事情に詳しい関係者が述べた。」そうである。
同問題について公に発言する権限がないとして匿名を条件に語った関係者によると、中国当局者らは米国債が他の資産との比較で魅力が低くなったとみているほか、米国との貿易摩擦が米国債購入を減額したり停止したりする理由になるかもしれないと考えている。(ブルームバーグ)
特にここにきて米国債が他の資産との比較で魅力が低くなったということは考えづらい。もしかするとトランプ政権の中国への姿勢に対する警告との意味合いもあったのかもしれないが、現実には中国が大量に保有しているドルを米国債以外の資産に大きな規模で振り向けることも考えづらい。ドルの運用先として安全性、流動性等を考えれば特に中短期の米国債が対象となるのは必然である。それをたとえば欧州の国債に振り向けるとなれば、為替リスクも掛かる上、流動性という面では米国債には劣る。
政治的な要因があるのかどうか。それ以前に本当に中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討しているのかどうかは、かなり懐疑的な面があった。実際にその後、中国当局が米国債購入の縮小または停止を検討しているとの報道について、中国政府筋は誤った情報に基づいている可能性があるとの見解を示した。
ここにきて債券王と呼ばれたビル・グロース氏は債券の弱気相場入りを宣言し、新債券王と呼ばれるダブルライン・キャピタルの共同創業者ガンドラック氏も米国債券相場は弱気相場に本格的に入ると指摘していた。
両者に指摘されるまでもなく、米10年債利回りは今回、節目とされる2.6%に接近し、チャート上ではここを大きく抜けると3%あたりまで上昇する可能性が出ている。そのようなタイミングでの今回の報道だけにいったいどこからそのような観測が出ていたのかも興味深い。
ちなみに10日の米国債券市場では一時2.59%まで上昇した米10年債利回りは、当日の10年債入札が好調だったこともあり、前日比変わらずの2.55%まで戻していた。そして11日には2.53%に低下しており、それほど影響があったわけでもなかった。
編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。