若いうちに専門を絞ることはスポーツでもビジネスでも弊害あり

鈴木 友也

日本では子どもの頃から野球などに絞り込む慣習があるが…(写真ACより:編集部)

先日、日経ビジネスに「米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安 ~大学スポーツを凌駕する巨大マーケットの全貌とは?」と題したコラムをアップしたのですが、これが意外に多くの方に読んで頂いたようで、当日のランキング3位まで行きました。

競技の早期専門化(若いうちにプレーする競技を1つに絞ること)による競技レベルの減退は、アメリカでもスポーツ組織の経営者が大きな懸念を示している話題です。このコラムを読んでくれた北米でアイスホッケーのコーチをしている知人(若林弘紀さん)と意見交換する機会があったのですが、現場のコーチの実感としても早期専門化の弊害を肌で感じているということでした。

彼が分かりやすい例として挙げてくれたのはゴーリーの育成で、専門化が進む今では7~8歳までにゴーリーのポジションを固定することが多くなってきているそうなのですが、スケーティングなどの基本的なスキルが身に着く前に専門的なトレーニングを始めてしまうため、かえって上達が遅くなるんだそうです。そして、10歳くらいでプロみたいな動きができるようになるものの、その後急速に伸び悩むんだとか。逆に、他のポジションでプレーしていて10歳以降にゴーリーになった子供の方が明らかに伸びが早く、その後のポテンシャルも高いようです。

こうした早期専門化による弊害はコーチの間でももちろん共有されているようですが、ビジネス化の進展により、これまでコーチが有していたユースプログラムの方針決定権が、育成と事業の双方に責任を持つ施設(スケートリンクなど)のプログラムディレクターに移管されるようになり、歯止めが利かなくなっているようです。つまり、コーチは弊害に気付きながらも口を出せなくなってしまい、ディレクターも知らないわけではないんでしょうが、施設経営の観点から儲かる方向に舵を切らざるを得ない。これがビジネス化の怖いところですね。「ジュニア世代のエリート化」「施設の収益最大化」という短期的な個別最適を志向した結果、集団全体としての育成レベルが下がってしまう。これは「合成の誤謬」そのものです。

ビジネス化が進んでしまうと、どうしても「正しい育成」より「儲かる育成」の方が優先され、それが強力に推進されてしまいますから、競技全体で育成のグランドデザインを考えておく必要がありそうです。実際、米ホッケー連盟は2009年に科学的根拠に基づいた年代別選手育成手法を「American Development Model」として体系化し、一括して導入して成果を上げているようです(詳しく知りたい人は若林さんのこちらのコラムをご覧下さい)。

で、この早期専門化による弊害なのですが、同じことがビジネススキルについても当てはまるのではないかと思います。例えば、スポーツ界で活躍するために、スポーツビジネスを高校や大学で学ぶ必要が本当にあるのか? 僕は必ずしもないと思います。

スポーツビジネスは一見華やかに見えるのでカネになります。こうしたビジネスの論理により、「正しい教育」より「儲かる教育」が幅を利かせているようにも見えます。僕もSBAというスポーツビジネスの教育プラットフォームを運営しているので、この点は自戒したいと思います。

ビジネスパーソンとして活動できる時間は少なくとも40年、今後定年が伸びれば45年かひょっとして50年は働くことになります。将来スポーツ界で活躍することを夢見ている学生さんには、「いち早くスポーツ界に就職する」ことと「将来スポーツ界で活躍できる」ことは必ずしもイコールではないということに気付いてほしいと思います。

これは業界関係者なら皆知っている不都合な真実ですが、スポーツ界は丸腰でいち早く就職して伸び悩んでバーンアウトしてしまう人が非常に多い業界です。言い方は悪いですが、こういうクラスタの人が定期的に入れ替わりながら安価な労働力を提供して現場を回しているのが実態です。

僕もこれまで多くの学生(ほとんどが大学生。稀に高校生も来る)の進路相談に乗ってきましたが、10人中9人、いや100人中99人は「どうしたらスポーツ界に入れますか?」という質問をしてきます。残念ながら「どうしたらスポーツ界で活躍できますか?」という質問をされたことはほとんどありません。「儲かる教育」の餌食にならないためには、目利き力や人生構想力を高めて自衛するしかありません。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2018年1月14日の記事を転載させていただきました(タイトル改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。