河合塾広告「自分の夢まで、自己採点しないでください。」に疑問

常見 陽平

全国紙各紙にセンター試験の問題と回答が。もうすぐ新テストに移行するんだな。

共通一次試験からセンター試験に移行したばかりの世代だ。当時から、センター試験前後の新聞で、予備校の高校を見る度に首を傾げていた。何かこう、嫌らしいな、と。「落ちたらウチに来てね」と言っているようなものではないか、と。

札幌では、代々木ゼミナールが札幌駅北口にあり。当時は浪人することを「北口コース」と言っていたような。あぁ、北口に行くのか、と思ったり。

いや、気持ちも意図もわかる。別に「落ちたら来てね」と言いたいわけではないし。だいいち、最近では浪人してまで大学に行く率へ私が受験生だった頃に比べて減っているわけで。予備校も「落ちてから行くところ」ではなく、高校に通いながら通うところでもあるわけで。

さらに、この手の広告を見るのは受験生とは限らないわけで。新聞という媒体特性を考えると、その親や、今後、子供が受験をするという親が対象だろう。

とはいえ、今日の河合塾の広告「自分の夢まで、自己採点しないでください。」には首を傾げてしまった。えっと、どういう意味なんだっけ。自己採点の結果がどうであれ、夢を追いかけろという話なのだろうか。

もっとも、大学進学=夢の実現への一歩とは限らないわけで。なんとなく大学に行くという層もいるだろう(それはそれで、否定してはいけない)。第一、夢なんてものは誰もが持てるわけではない。それは個人の能力・資質・意欲だけの話ではなく、社会の問題でもあるわけで。

あと、夢は誰かに評価されるわけではなく、あくまで自己採点でもいいのではないか、と。

というわけで、感動させる気、満々の広告のようで、色々、考えてしまった。

私個人の話で言うと、「夢」とか「希望」という言葉についつい熱くなってしまい。あぁ、実力はともかく理想高いかもとか、だから疲れるんだなと思ったりし。

「村上春樹さんのような、小説家になりたいですぅ」


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。