小泉進次郎を浪費する人たち

中村 仁

アレキサンダーと比べる愚

自民党の小泉進次郎氏を呼べば、聴衆は集まるし、テレビに登場すれば、視聴率を稼げるし、出版物に載れば売れます。政治はもちろん、メディアも出版社も識者も将来、政治的な器と期待できるであろう人材を、酷使、浪費しすぎているとの思いを持ちます。

月刊文芸春秋2月号に、著名作家の塩野七生氏が出版した「ギリシャ人の物語−アレキサンダー大王篇」(新潮社)をテーマに小泉氏との対談を文春が企画し、掲載しました。小泉氏については、文春新書で「小泉進次郎と福田達夫」の近刊がありますので、その宣伝も兼ねたのでしょう。

塩野−小泉対談の見出しは、「若きアレキサンダー大王にヒントがある 進次郎は総理になれるか」です。思わずぎょっとしました。紀元前のヘレニズム時代に征服を繰り返し、大帝国を打ちたてた軍事の天才的英雄、アレキサンダー(32歳で没)と小泉氏を並べるとは驚きました。出版社の商魂に読者は仰天します。

ギリシャ、ローマの物語は、日本では第一級のブランド力があり、特に塩野氏が題材にすると、ベストセラーになります。一連の著作は歴史書ではなく、小説であっても、歴史の教訓を引き出せると錯覚する人は多いのでしょう。愛読者の一人が小泉氏です。

古代ギリシャからの教訓は無茶

私はかねてから、紀元前4,5百年前のギリシャ、紀元後2,3百年のローマの歴史、それも歴史小説から、現代に向けた教訓を引き出すのは単純すぎると思っていました。

塩野氏は小泉氏に、「政治家は正直でなければならない。正直でない政治家は何をいっても、何か裏があると疑われてしまう」と、語りかけます。そうであればいいと、私も願います。実態はといえば、政治家の要件は「巧妙にウソをつける」、「正直であることより実績を残す」です。米中露のトップは真実を語らないし、日本もそれに近い。

トランプ米大統領は、日常的にウソをついていますね。米国史で、政治家は正直であれと教えたのは、初代大統領のJ・ワシントンが6歳の時、父親が大事にしていた桜の樹を切ってしまい、そのことを正直に告白したとの逸話です。日本では中学生のころに英語の授業に登場した有名な話です。その逸話は今では、創作だったとの説です。

もう一つ。塩野氏は「心すべきは攻めよりまず守り。ペリクレスの例が役に立つ」と、小泉氏に教えます。なぜペリクレスがここで登場するのか。アテネの政治家で、アテネの最盛期を築きました。紀元前400年ころの人で、時代も政治制度も海外環境も全く違います。小説的な興味に浸るならともかく、安易に教訓を引き出せるはずもない。

対談で、塩野氏は「世襲は欠点ではない」とも、世襲政治家の典型である小泉氏に語りかけます。政治家としての本人の能力は、小泉氏に限っていえば、いい意味で政治家の血が生きているといえましょう。さらに「既得権益層に生まれたからこそ、その社会をどう変えるか理解できる」と、塩野氏は述べました。そうでしょうか。

世襲はやはり政治的問題

日本の政治では、「世襲は欠点ではないどころか」、大きな問題になっています。自民党では当選した議員の3割は世襲、閣僚になれた議員の4割が世襲です。親から、地盤・人脈、政治資金、選挙事務所を引き継ぐため、他の候補に比べ、当選も出世も圧倒的に有利です。そのため政治的人材の新規参入が難しく、政界の停滞を招いています。

文春新書の「小泉進次郎と福田達夫」(田崎史郎著)を塩野氏は評価しています。福田氏も三代目の世襲議員です。さらに塩野氏は「著者はきっと人柄のいい人」と誉めていますいいます。どうですか。政治評論家、通信社の解説委員を名乗るこの筆者、むしろ政権のスポークスマンという評価です。

対談で小泉氏は、農業、林業、漁業、それと震災復興についての経験、知見を述べています。それらのキャリアに絶対的に不足しているのが、財政、金融政策です。財政も金融も双子の危機で、社会保障費が今後も急増します。

政治家の有力リーダーとなっていくには、財務相の経験が絶対的に必要だし、過去、その経験者が多く首相になりました。それに、国の将来を決めていくのは圧倒的にAI、ITによる新産業の発展です。農業、林業、漁業にこだわっているようではいけません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。