憲法改正問題:「実力組織」なんか、いらない(特別寄稿)

潮 匡人

憲法で自衛隊の位置付けはどうなる?(防衛省サイトより:編集部)

去る1月24日の衆議院本会議で安倍晋三総理は憲法改正問題について、こう答弁した。

「私たちは、時代の節目にあって、どのような国づくりを進めていくのかの議論を深めるときに来ている。各党による建設的な議論が行われて議論が深まるなかで、与野党で幅広い合意が形成され、国民的な理解も深まることを期待している」

「自衛隊員に、『君たちは、憲法違反かもしれないが、何かあれば命を張ってくれ』と言うのは、あまりにも無責任だ。そうした議論が行われる余地を無くすことが私たちの世代の責任だ」

総理は同時に、「戦力」不保持などを定めた憲法9条2項を維持し、自衛隊を明記した場合も「自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」とも答弁した。

とくに異論を覚えない(論拠は拙著『誰も知らない憲法9条』新潮新書)。

ただ現実問題、少なくとも当面「与野党で幅広い合意が形成され、国民的な理解も深まる」とは思えない。げんに翌25日、「(自民)党内には異論も根強く、取りまとめには、時間がかかることも予想されます」(NHK)と報じられている。自民党内ですら異論が根強いのに、「与野党で幅広い合意が形成」されると「期待」するのは楽観的にすぎよう。事実、この衆院本会議上でも、玉木雄一郎「希望の党」代表が「自衛隊の役割が変わらないなら立法事実がない。立法事実がない9条改憲案には反対する」と明言した。以下の動きも見すごせない。

自民党の青山繁晴参議院議員ら有志の国会議員10人が会合を開き、自民党が憲法改正の項目として掲げている「自衛隊の明記」について、文民統制の問題が生じるなどとして「自衛隊」を明記するのではなく、自衛権の発動を妨げないことを規定するよう党の憲法改正推進本部に提案することを確認した。出席者からは「憲法に防衛省の位置づけがないまま、自衛隊だけを明記すれば、シビリアンコントロール・文民統制の問題が生じる」との指摘が出された。(NHKニュース参照)

安倍総理に近い「保守系」議員らにして然り。後は推して知るべし。みんな誤解している。この問題については昨年来、指摘してきたが、いまだ誤解に基づく憲法「改正」論議が蔓延しているので、改めて再論したい。

事の発端は、昨年10月7日の党首討論会だった(詳しくは月刊「Voice」12月号拙稿参照)。安倍総理総裁と小池百合子「希望の党」代表(当時)による初の直接対決として注目が集まった。

壇上で小池代表は「このような形でそのまま進めることには若干疑問がある。いや、大いに疑問がある」、「もともと自衛隊は合憲と言っていたのに、急に3項を加えた」などと安倍総裁の「自衛隊」明記案を批判した。ちなみに安倍総理は一度も「3項」とは言っていない。今もみな、そこから誤解している。

加えて小池代表は「(自衛隊を憲法に)加えると、防衛省と自衛隊の関係はどうなるか。自衛隊のほうが上位に来るのではないか」との懸念も表明。安倍総裁が「防衛省と自衛隊の関係は変わらない。シビリアンコントロールをしっかりと明記していけば、よりくっきりとしたものになっていく」と釈明する展開となった。

おそらく小池代表の上記発言は、当日付読売朝刊一面に掲載された井上武史・九州大准教授の主張に影響されたものであろう。

自民党では9条3項に「自衛隊」と明記する案があるようだが、固有名詞である「自衛隊」を書き込むことは難しい。自衛隊が極めて正統性の高い国家組織になる一方、法律で設置された組織にすぎない防衛省と、上下関係が逆転する。安倍首相が掲げた「違憲の疑義を解消する」という政策目標を達成する手段としては過剰で、現状を超える意味を持つだろう。

見てのとおり小池発言および上記自民議員発言と軌を一にする。井上准教授は昨年6月14日の「日本維新の会」憲法改正調査会でも、こう発言した。

「違憲の疑いを解消する目的だけなら、これまでの憲法解釈の法理を明文化すれば十分で、あえて『自衛隊』と憲法に書き込む必然性はない」(同年7月18日付日経電子版参照)。

井上准教授によると、「自衛隊」はダメだが、「実力部隊」と明記するだけなら、OKらしい(同前)。

本来なら一笑に付されるべき主張だが、そうはいかない。昨年末、毎日新聞がこう報じた。

自民党憲法改正推進本部は、憲法を改正して自衛隊の存在を明記する際、「必要最小限度の実力組織」と条文で定義する検討に入った。

残念ながら、こうして与野党の議論に大きな影響を及ぼしている。このままでは「国防軍」でも「自衛隊」ですらなく、「実力部隊」なる一般名詞が憲法典に明記されることになってしまう。そんな憲法「改正」を願う現役及びOB自衛官を、私は一人も知らない。

改めて指摘しよう、防衛省と自衛隊は同じ組織である。一昔前の防衛白書では、「静的」な行政組織としては防衛庁(現在の防衛省)、「動的」な実力組織としては自衛隊と説明していた。最新の平成29年版白書もこう説明する。

防衛省と自衛隊は、ともに同一の防衛行政組織である。「防衛省」という場合には、陸・海・空自の管理・運営などを任務とする行政組織の面をとらえているのに対し、「自衛隊」という場合には、わが国の防衛などを任務とする、部隊行動を行う実力組織の面をとらえている。

「ともに同一の防衛行政組織である」以上、その一方の名称である「自衛隊」を憲法典に記載しても「上下関係が逆転する」ことは起きない。というより、そもそも「上下関係」になく、べつに「文民統制上の懸念」も生じない。

すべて、防衛省と自衛隊が「ともに同一の防衛行政組織である」ことに関する無知から生じた誤解である。このまま誤解に基づく「改正」論議が進み、もし新憲法典に「自衛隊」ではなく「実力組織」と明記する案が発議されるなら、きっと私は反対する。

誰も知らない憲法9条 (新潮新書)
潮 匡人
新潮社
2017-07-13