フランスのエマニュエル・マクロン大統領は就任以来、世界の指導者をパリの大統領府(エリゼ宮殿)に招待する一方、自ら世界を飛び歩いている。一時期、大統領の国民の支持率は低下したが、ここにきて再び上昇してきた。40歳の若き大統領は、フランソワ・オランド、二コラ・サルコジといった前任者が夢見ても実現できなかったフランスの外交を世界に示している。
大統領就任直後、5月29日、ウラジーミル・プーチン大統領をパリ郊外のベルサイユ宮殿に招き、同年7月14日の慣例の革命記念日軍事パレードにトランプ米大統領夫妻を招いた。そして今年に入ると早速、中国・北京を訪問し、習近平国家主席と会談し、シリア危機や北朝鮮の核問題などを話し合っている。米中ロ3大国首脳と会談する40歳の青年大統領の姿を見たフランス国民の中には往年時代のフランスの外交を思い出した者もいただろう。
独週刊誌シュピーゲル最新号(1月20日号)はマクロン大統領の外交の足跡を振り返っているが、そこに興味深いエピソードが掲載されていた。マクロン大統領の外交を理解する上で参考になるばかりか、慰安婦問題で韓国と険悪な関係の日本にも参考になる新鮮な視点が見られるのだ。
マクロン大統領は同国の植民地だったアフリカ諸国を訪問し、ブルキナファソでは演説後、一人の女学生から質問を受けた。
「マクロン大統領、私は大学生だが、わが国では勉強していても頻繁に停電になってしまいます。どうしたらいいのですか」
マクロン大統領はじっくりと女学生の方を見ながら傾聴した後、
「あなたは間違っている。あなたは自国が依然フランスの植民地だという認識で私に電力不足の解決を求めている。その質問はあなたの国の政府関係者にするべきだ。私はフランス大統領であって、ブルキナファソの問題を担当していない」
マクロン大統領のこの返答が世界に配信されると、多くの人々はマクロン大統領は傲慢だ、非情だ、といった反応が見られた。フランス国内でも同様だった。
当方はマクロン大統領の返答に正直いって新鮮な感動を覚えた。女学生には「わが国はフランスの植民地だった。だからフランス大統領に苦情の一つでもいって、その解決を聞きたい」という思いがあったのだろう。マクロン氏は即、「私はあなたの国の諸問題を担当していない。私はフランス大統領だ」と答えたのだ。この答えに間違いは一つもない。自国の諸々の問題はその国の統治を担当した政府関係者が取り組み、解決しなければならない。マクロン氏はごく当たり前のことを指摘したまでだ。
マクロン氏はフランスの植民地化時代の負の遺産を忘れている、という批判も聞かれる。それに対し、大統領は、「私は過去問題より、現在と未来の問題解決に取り組みたい」と表明してきた。よく言われる「未来志向の政治」だ。貴重な時間とエネルギーを過去問題の対応で消費するのは止め、現在、そして将来直面する多くの問題の解決策に頭を悩ますべきだという論理だ。これもまったく正論だ。
同時に、マクロン氏は女学生に、「あなたの国はもはやフランスの植民地でありませんよ。フランスと同様、立派な独立国家です。自信を持ってください」といった思いが込められていたのではないか。とすれば、かつて植民地だった国の女学生への最高の励ましの言葉だ。
マクロン氏は常に相手と可能な限り、対等の立場で話そうとする。トランプ米大統領に対しても超大国の米大統領といった恐れとか不必要な尊敬を払わない。同じように、アフリカの女学生に対しても、フランス国民と同様の立場で話す。シュピーゲル誌の記事のタイトルも「Der Furchtlose」(恐れ知らず)だ(「マクロン大統領の書きかけの小説」2017年10月21日、「ファースト・ドッグの不始末」2017年10月26日参考)。
マクロン氏の上記のエピソードは、韓国と歴史の認識問題で対立する日本にも参考になる点が多くある。文在寅大統領が旧日本軍の慰安婦問題を追及し出した時、安倍晋三首相は、「大統領、韓国はもはや日本の植民地ではありません。わが国と同様立派な独立国家ではないですか。韓国内の諸問題について、私は責任を担っていません。私は日本の総理大臣です」と説明すれば十分だ。これこそ慰安婦問題に対する日本側の究極の返答といえるわけだ。
歴史とそれ以外の問題を別々に扱う“ツートラック”政策を標榜する文大統領には、「貴重な時間と人材を現在と未来の問題の解決に投資すべきではないか」とやんわりと助言すれば終わりだ。
第2次世界大戦から70年以上が経過した。戦争を体験した国民は年々少なくなってきた。日本でもマクロン大統領のように歴史の負の遺産を背負わない大胆な指導者が出てくるのは時間の問題だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。